「ところで、総司これはもしかしたら―」
昔から尊敬していた男は、冷や汗をかいて饅頭を見た。
その姿が滑稽で、沖田は笑いを堪えきれず、声を出して笑ってしまう。
「おいしいですよ?」
「なぜ、疑問系なんだい?おいしいなら、総司はとっくに食べているだろう」
「えぇ、僕は食べましたよ」
饅頭の三分の一という言葉は言わない。
部屋の外は、夕日が青空の色と混じって綺麗だった。
その夕日を見ながらの饅頭も格別ですよ、て言って近藤に押し付けた饅頭。
それは、昼間であった少女に真似て買ったものだった。
だが、あまりの辛さに三分の一で食べるのを辞めた。
「同じ饅頭を昼間食べてね、どうやら私の口には合わなかったよ」
「あれぇー、同じ饅頭をですか?」
首をひねって考える。
近藤は、今日出かけて行ったことは知っていた。
けど、こんな辛い饅頭を来客用に出すところって―
「私の知り合いの医者の所だ。そいつはたいそう味覚音痴でね、この饅頭を3個も食べておった」
近藤は、その光景を思い出して青ざめる。
「わー、すごいですねぇー。僕が買う前に、一人の少女が購入していたのですが、
京の人々は刺激的な食べ物がたまに食べたくなるのでしょうか?それにしても、その少女―」
饅頭の購入談から、饅頭屋で出会った少女の話しへと移行する。
おや?と近藤が思ったのは、沖田は剣のことばかりで、女性にはこれっぽっちも興味を示さなかった沖田が、
出会った少女の話しをしたからだ。
「なーんか、どこかでお会いしたことあるのですけど、どこだったかなぁーって思うのですよ。
死人のように肌が白くて、片目が眼帯という特徴だから忘れることないと思うのですが」
「あぁ、もしかして愛美さんかね?雪のように透ける肌に、可愛そうに目が不自由で眼帯の少女だね。
今日会って来た友人の妹さんだ」
特徴的すぎる外見の持ち主の少女は二人もいないだろう。
「わ、世間って狭いですね!だから、近藤さんは激辛饅頭をその家で体験したのですね。で、僕はどこで会ったのでしょう?」
自分に言われても………、と近藤は思った。
だが、沖田が真剣に問う瞳に、最大限答えた。
「友人はたまにやってくる医者の方だから、その付き添いで屯所に来た時に見かけたのではないかね?
ほら、けが人が出ると必ず呼ぶ医者がいただろう、あの人の妹さんだ」
「そうですかねぇ〜」
まだ、不意に落ちないらしく、沖田は唸りながら考えている。
「おいおい、総司知恵熱でも出す気か?」
「ひどぉー、私が真剣に考えているのにぃー」
「馬鹿か?考えることが苦手なお前が考えことしてりゃ、熱でも出すってーのが常識だ」
突然第三者の声がした。
部屋の入り口で、気配もなく、音もなく、ただ前々からそこの置物だ、と言わんばかりに立っていた。
「土方さん!」
土方と呼ばれた男、街を歩けば老若問わず女はほっとかないような美青年、歌舞伎役者でも通じるような顔立ちである。
だが、鋭い目つきと雰囲気が顔立ちに似合わない。
新撰組副隊長 泣く子もだまる鬼の副隊長、と新撰組の中でも密かに囁かれる男だ。
「もう、何ですか?僕が考えることが嫌いだって、僕だってこう見えても色々と悩めるお年頃です」
胸を張って言う沖田に、土方は鼻で笑った。
「ほぉー、そりゃ知らんかった。じゃ、この間めんどくさくて、不逞浪士を斬ったという言い訳は聞き間違えか?」
「むぅー、それとこれは別ですって」
土方は近藤の近くに座ると、饅頭を手に取った。
「へぇー、お前が饅頭を食わずに悩んでいるってのは、よっぽど大変だとな。
大変つーのは、明日この世がなくなるという意味だ」
にやりと笑うと、饅頭を口に放り投げる。
沖田と近藤は、土方の表情を見守った。
饅頭を放り込んで何事もないように咀嚼しているが、それも最初のうちである。
次第に、顔が青くなった後は赤く変化する。
「げほがほっ、か、辛い!何だぁーこりゃ」
「あははははは、土方さんひっかかったぁー」
子どものように腹を抱えて笑うおきたに、申し訳なさそうな顔をしながらも、土方のめったにない悶え苦しむ顔に笑いを
堪えきれずにいる近藤。
「処分に困っていたんだ、なんなら全部食べていいぞ」
もともと鋭い目がさらに鋭くなり、笑っている二人を睨みつける。
「おい、お前らぐるか?」
「違うよ、このまんじゅうはもともと総司が私にくれたものなんだが、私はとっくに昼間食べたことがあるから
手をつけずに置いといたんだが、そこで君が勝手に食べたんだろう?」
「そうですよ〜、土方さんが勝手に食べるから悪いのです」
「ほぉー、いつも俺や近藤さんの茶菓子を勝手に食べている、お前の口からそんなことが聞けるとはな」
土方は沖田の両こめかみに、拳でぐりぐりと攻撃する。
「痛い痛い痛いって、土方さん!」
「仕置きだ」
「うぎゃー、助けてぇー近藤さぁーん」
「ははははは、仲が良いことはいいことだ」
沖田の助けを求める声に、微笑ましく二人を眺めて茶をすずるだけだ。
「そういえば総司、今日は1番隊は夜番ではなかったのかね?」
「あー!そうだった、支度しないと」
「おいおい、てめー忘れていたな?いい度胸じゃねーか」
「違いますよって、あってもなくても暫くは夜に人探しですから」
「お前…祇園に興味が湧いたのか?」
土方は青ざめた。
女には興味がなく、代わりに剣に打ち込んでいた沖田だ。
その沖田が祇園に目覚めたのは、これこそ世も末だと一瞬思ったのである。
「ちょっと、おかしな方向へ話しをもっていかないでください」
「お前、普通夜に人探しといえば、男女の―」
土方の話しを沖田は遮る。
「どぉーしてそうなるのかな?土方さんじゃあるまいし。僕知っているのですよ、この間祇園でモテモテだったじゃないですか。
その出来事を故郷の方に自慢した内容を手紙で送ったのを」
「テメー、また人の手紙勝手に読みやがったな」
「あ、支度しないとー、では!行ってきます!!」
「おい、逃げるな総司!」
沖田は土方が自分を捕まえる前に、近藤の部屋をすたこらさっさと出ながら、先ほどの土方の反応を思い出して笑う。
「いやぁ〜、土方さんっておもしろーい」
「また、副局長をからかって」
「わぁ、斉藤さん!驚きました」
すぐ近くの柱の影から、ぬっと音もなく斉藤が現れたので、沖田は条件反射で自分の刀に手を添える。
「どーしたのですか?」
この無口な男が、自ら出て来て話すことはめったにない。
いつも、沖田が捕まえては話し相手にするのだ。
「沖田さん、今晩は見廻りじゃないか」
「それが何か?」
「青眼の暗殺者の顔を知ったんだ、気をつけろ。暗殺者は顔を見た相手は殺しに来るぞ」
「やっだなぁー、僕が殺されるって本気で思っているのですか?」
沖田は手を添えている刀を握る。
次の瞬間―――
蚊がまっぷたつに床にぽとっと落ちた。
「もう蚊の季節ですか?それにしても、早いですね」
すーっと出る冷や汗を斉藤は感じた。
簡単にやってのけたが、小さく動いている標的に、瞬間的に斬りつけるこの業―
まさしく、目の前で子供のようにはしゃいでいる男は、剣の天才であり剣に愛されている男だ。
「…沖田さんが殺されることはないと思うが―」
ただ、気になるのは、昼間の話の内容と沖田の表情。
そんな斉藤の心配なんていざ知れず、不思議そうな顔をして沖田は斉藤を見つめた。
「変な斉藤さん。でも、心配してくれてありがとうございます」
「くれぐれも気をつけて」
「えぇ」
夕暮れもすっかり沈み、あたり一面はもう闇の中。
黒猫が庭に出て来て、一鳴きすると、どこかへ消えてしまった。
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