真里は嫌々ながら外に出て、適当に饅頭屋を探した。
あまり好き好んで外にでない性質なので、どこに饅頭屋があるかなど検討もつかない。
兄も別段こだわる人ではなく、どこの饅頭でもいいという人だ。だから、どこの饅頭屋でもいいわけである。
「激辛饅頭?」
ふっと目に飛び込んできた看板をじっと眺めて、真里はふっと笑った。
「いいかもしれませんわね」
兄に大変な思いをさせて、今度から真里を使いに出す気力をなくそうという作戦を考えた。
だが、真里はその作戦を考えたすぐ後で、頭を思いっきり降る。
(そういえば、兄は味音痴でしたわ)
そう、京に来る前は兄と真里は貧乏暮らしの中だった。
なんせ、両親は他界して兄は医師の見習い中であった、そんな中では到底普通以下の
暮らししかできるわけがなかった。
兄の味覚音痴は、その貧乏時代から来る感覚だ。
どんなものでも、貧しい暮らしの中では贅沢を言っていられない。
大飯食いの兄は、貧乏暮らしの中で食べられるような物なら何でも食べた。
半分腐った物を食べて、真里が兄を看病したということはしょっちゅうの程だった。
(本当に、兄の腹は不思議な空間になっているのだから、まったく)
今も思うと、少々兄の大飯食い具合が病気のようでならなく、不思議でしょうがない。
その兄のことだから、激辛饅頭という奇妙な饅頭でもおいしそうに食べてしまうだろう。
色々と考え、でも結局激辛饅頭を買ってみようと思ったのは、
兄に向けた嫌がらせではなく客人に向けた嫌がらせのためだ。
京の人々にとっては、裏で影口を叩くほどの不評の団体の人物が来るのだ。
前々から、兄は医師の仕事でその団体にお世話になっており、頭の上がらないとも言っている。
だが、兄はともかく、真里はその団体とは無関係である。無関係である上に、京の人々同様でその団体が嫌いなのだ。
まず、野蛮で趣味が悪い集団というのが嫌である。
あの隊服、浅葱色といえば、江戸で地方出の武士が羽織裏に多く浅葱木綿を使用する。
江戸に出れば“田舎侍”として侮蔑の目で見られる色である。まったく愉快なものではない。
「あぁ、思い出しただけでも胸糞悪い趣味ですわ」
京は丁度、今咲きつつある桜の色が似合う都、その都を趣味の悪い色で汚すその団体が嫌いなのだ。
それから、人を殺すのが楽しくてしょうがないような連中、ということも物騒で気に食わない。
(もう、なんかむかついてきたから、早く買って嫌な客に食べさせよう)
「激辛饅頭6個くださいまし」
真里は店の主に短く言った。
店の主は、愛美を見て哀れんだ表情を一瞬すると、すぐに商売顔に戻って「はいよ」と返事する。
おそらく、饅頭の箱詰めの準備をするため店のちょっと奥の死角に引っ込んだ。
真里はちょっとため息をついた。
もう慣れたとは言え、いつもいつも人を不幸と決め付けた哀れんだ表情でみる人々に会うと、
気が滅入ってきてよけいに外に行きたくなくなる。
家の中にばかり篭るのも、半分はそういう理由からである。
「立ったまま寝ないでくれ、で饅頭買うのか?」
すぐ近くで二人組みがいた。
一人は無表情で機嫌が悪そうだ。きっと、もう一人の人に無理やり連れ出されたから、
そんなに機嫌悪そうに見えるのだ、と真里は推理をした。
そしてもう一人は、機嫌悪そうな男とは正反対。穏やかな好青年の笑みを浮かべながらも、
なにやら一生懸命考えている。顔としぐさのギャップが変な青年である。
なぜか、その青年はこちらをじっと見つめているのも気になる。
あまりにも、ちらちらと見ては首をかしげているので、真里は声をかけることにした。
「何か?」
真里が声をかけると、青年は驚いた顔をして愛美をもっとまじまじと見やる。
「え、何かって何?」
(今、わたくしが聞いているのだけど)
逆に質問をされて、むっとして青年を鋭く睨みつけた。
「先ほどから、わたくしをずっと見て考え事をしていた様子ですけど、わたくしの顔に何かついてます?」
真里は冷ややかな笑みを浮かべて訊ねると、青年はまだ観念してなくじーっと上から下まで見てる。
(なにかしら?そういえば、どこかで見たことあるような顔をしてますけど、
こんな変態の知り合いいる訳がありませんわ)
「えーっと…、どこかでお会いしませんでしたっけ?」
相手も同じことを考えていたらしく、真里に問いかけた。
暫くの沈黙が当たり一面に広がり、重くのしかかる。
「おいおい、沖田さん!」
沈黙を破った勇気があったのは、呆れた顔をした相手の連れであった。
「どこだったかな?本当に会ったことあるような気がしたんですよ。君は僕のこと見たことないですか?」
(ちょっと待った、今沖田って言ったかしら?沖田って、あの新撰組一番隊隊長の沖田 総司!?)
ちらっと相手の腰に目をやると、そこには大刀と小刀の二本の刀が黒光する鞘に収められて出番を待っている。
相手から一歩下がって全体を見やる、確かに噂通りにひらめ顔の色黒の男―
嫌いな連中の一員が目の前に立っている、それだけで真里は不幸のどん底に落ちたような気分になった。
外にでるのも嫌なのに、なおさら追い討ちをかけて嫌な気分にした相手を睨みつけて、思いっきり息を吸い込んで吐く。
「あ、主人!僕にもこの激辛饅頭6個。ここの饅頭って何で辛いんでしょうかね?」
「そんなの知りませんわ、この変態!!」
ついに、気持ちが爆発し叫ぶ。
新撰組に逆らうと首がなくなるというが、その噂なんてどうでもよかった。
「おつりはいりません、はい、ありがとう」
主人が店の奥から出てきて、真里に品物を渡すとちょと多いお金を渡した。
早くこの場から立ち去りたい、おつりをもらう時間も惜しいくらい。
「だーれーかー来て!変な人がここにいますわ!!人攫いー!」
騒ぎを起こして、この場から去るのが一番早い。
真里の叫び声に、案の定わんさか人が集まってくる。それに乗じて、この場から即逃げる。
「ふふふふっ、新撰組が人攫いの汚名を着せられるのはいいですわね」
ちょっとゆがんだことを思いながら、今汚名を着せた親玉に早く、
このまずそうな饅頭を食べさせたくて急ぎ足で家に戻る。
近道にわき道を選んだ路地は、気味悪い程薄暗くじめじめしている。
にゃ―っ
足元から、猫が鳴いた。
目線を地面に落とすと、黒猫が何かをくわえて愛美をじーっと見ている。
真里と黒猫のにらみ合いが何秒か続いた後、黒猫はそのくわえている物を地面に落とすと、
すーっとどこかへ行ってしまった。
落としたものは、一枚の紙切れだった。
「めんどくさい―」
それを拾い上げ、丹念に内容を読み返すとため息を深くつくとつぶやいた。
拾った紙は、小さく折りたたんで手からすりぬけるように投げると、水溜りへと落ちる。
水溜りに落ちれば、水に溶けて奇術の如く消えてしまったのだった。
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