沖田 総司は、新撰組1番隊隊長である。

 1番隊隊長というものだから、この若さ以上の剣の技量を見て天才と言う。

   剣を抜けば、威圧し周囲を恐れさせ、鬼の子であるとも囁かれていたが、沖田はそんな周囲の

評判はどうでもよかった。

 ただ、強い相手と剣を交えれば、わくわくする。新しい発見をすれば、嬉しい。

それだけなのだ。

 そんな、剣馬鹿の沖田の昨晩は不幸であった。

「きぃーてくださいよぉー、斉藤さぁーん」

 春が来て、桜の花がところどころ咲き始めた木が、あちらこちらある京の街。

 桜の町並みを楽しむため、暇そうな同僚を連れて散歩している道中のことだ。

   右横に並んでいた、一見無口そうで気難しそうに見える男、無精ひげで怖そうに見え、なおかつ隣に歩いている沖田より年上に見えるが、

沖田と同い年の同僚で同じ部屋で寝ている仲間の斉藤に、沖田は泣き付く様に言った。

「もう今日で、18回になる」

 斉藤と呼ばれた男は、沖田がこれから言おうとしていることを察知し、ため息を深くついた。

「え?話しましたっけ?」

 さっきから何回も何回もそれの繰り返しだということに気付かないとは、

もうこいつは頭がもうろくしたのか?という目で沖田をみやる。

 沖田は、今話すのが始めてだ、と言わんばかりに目を見開いて斉藤を見る。

「昨日、屯所から帰ってきてからだ。あぁ、昨日の分も合わせれば21回」

「だってぇ、相手があまりにも素晴らしい外見で、だからいけなかったんですって!私を呆然とさせるとは!!

逃がしてしまったことは、一生の不覚!」

 確かに、戦闘中に沖田が呆然とすることは、めずらしい。否、今までにない。

 斉藤は、沖田も人間だったのか、と思いながら沖田の話しに耳を傾けた。

「確かに、美しい方でしたが、何で僕は―」

「ん?」

 沖田の口から、人を美しいと褒める言葉が出ようとは思わなかった。

 沖田はかまわず続けて言う。

「あぁ、青眼の暗殺者が女性だったとは」

「はぃ!?女性だったのか?」

 怪訝そうに斉藤をみて、首をひねる。

「え?お話しませんでしたか?これは」

 21回も聞かされた話の内容は、相手が異国人の外見であったことと、その外見で沖田が驚いたことである。

「お前、もしかしてそれは―」

「あ!お饅頭屋さん発見!」

 斉藤の言葉は、沖田の子供のような無邪気な声に遮られた。

 新しく建てたばかりの木の香りが充満してる建物、その建物の看板に饅頭屋とデカデカと書いてある。

 その文字に引き寄せられるように、沖田は饅頭やに近寄っていく。

 お持ち帰りのみのお店に、休憩の場所がないため、歩いて食べようかと沖田は思った。

「お前はいつも、食べ歩きしかしてないよな」

 そうなのだ。

   斉藤は、外に出れば、何か食べ物を買って見物している沖田の姿しか見たことがない。

「いいじゃないですか、京は食べ物がおいしいから、お菓子もおいしい。だから、私は嬉しいですよ」

 二十歳過ぎても、お菓子大好きのは変わらない。

「まったく、京には食べ歩きの目的で来たのか?」

「それもありますねぇー」

 斉藤のからかいまじりの言葉に、沖田はしれっと言う。

「おいおい」

「でも、強い相手がいっぱいいて、京は楽しくてしょうがない」

 どっちみち、遊びに来たような言い方に、斉藤はあきれた。

 だが、沖田はそういうやつだと、昔からわかっているから、沖田がそういうと怒りは感じられない。

「桜あん?うわぁ〜おいしそうですね。春らしくて!こっちは、激辛!?え、おまんじゅうが辛いのですか!?

斉藤さん、おまんじゅうが辛いのって信じられますか!?」

 甘いのが大好きな、沖田にとっては信じられない出来事が起こった感覚だ。

 重大事件だといわんばかりに、沖田は騒ぐ。

「落ち着いてくれ、それはそれでうまいんじゃないか?」

 斉藤が諭したが、沖田がありえないー、とぶつぶつ言っている。

  そこに―

「激辛饅頭6個くださいまし」

 激辛饅頭を頼む声が聞こえてきた。

 いやいや、それはありえないでしょう、きっと気のせいだ。沖田はそう、心の中で言って頭を振った。

 饅頭の品名が書いてある看板から、視線を声の主へと移した。

「え―」

 そこには、凛とした美しい姿勢で立ち、陶器のような肌によく反映されている、桜色の着物が似合う可愛い少女がいた。

だが、片方の目が眼帯というのが、なんとも痛々しい。

 生き写し人形のような儚さがあり、どこか守ってあげたくなる少女だった。

「おい、沖田さん」

 急に黙る沖田をいぶかしみ、斉藤は沖田の肩をどっついた。

「は!?寝てた?」

「立ったまま寝ないで、それでお饅頭買うのか?」

 斉藤に問われて、激辛まんじゅうを買う少女をもう一度見た。

 この饅頭はおいしいのだろうか?

 だが、少女の表情には、おいしいともまずいとも書いてないく、饅頭を買いに来ただけという様子が伺える。

 沖田は少女を横目で、もっと観察する。

 ずっと見ているとなぜだが、もっともっと見ていたい気分にさせてくれる。

 そうしていると、どこかで会ったことがあるような感じがして、首をひねって考え込む。

 はて、どこだったか?と考えていると、不信に思ったのだろうか、少女がおきたをキッと睨みつけた。

「何か?」

「え、何かって何?」

 少女の問に逆に質問する。

「先ほどから、わたくしをずっと見て考え事をしていた様子ですけど、私の顔に何かついてます?」

「えーっと…、どこかでお会いしませんでしたっけ?」

 沖田の質問に、少女は警戒を強め、斉藤は咽た。

「おいおい沖田さん!」

 女を口説くのも、もっといい台詞があるだろうに―と斉藤は沖田に目で言った。

「どこだったかな?本当に会ったことあるような気がしたんですよ。君は僕のこと見たことないですか?」

 はっきり言うと、一見どこかのど素人ナンパ野郎の台詞しにか聞こえない。

 だが、本人はいたってまじめであると斉藤はわかる。

 なんせ、女に興味がなく剣にしか興味がなかった沖田だから、軽はずみな言動のわけがない。

「あ、主人!僕にもこの激辛饅頭6個。ここの饅頭って何で辛いんでしょうかね」

「そんなの知りませんわ、この変態!!」

 ついに、少女は我慢できずに一歩引いた。

「おつりはいりません、はい、ありがとう」

 主人が店の奥から出てきて、少女に品物を渡し、少女はすばやくお金を払う。

「だーれーかー来て!変な人がここにいますわ!!人攫いー!」

「え、ええぇ!?何でそうなるの?ちょっと誤解していますよね?お互い分かりあいましょう」

「や、掴まないで!この人攫い」

「斉藤さん、何とか言ってくださいよ」

「うん、そりゃ沖田さんが悪い」

「そりゃないですよー、あぁ、人が集まってきちゃってますって、どうするのですか!?」

 誤解した少女がもう、人並みにまぎれていなくなってしまう。

 それじゃ、弁解する人もここにはいなく、二人は集まってきた野次馬にぼこぼこにされそうになるのであった。









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