美しく、見事にくっきりはっきり、形が現れている赤い三日月の光に、照らされるのは同色の水溜りだ。
命の液体とも表現できる水溜りは、広がって大きくなり、海と表現へ移るのを頭の中で認識した。
また、今日も人を殺してしまった、と冷静に判断できるのは、これを見たときだった。
早く、この場から離れないと、あいつらが来る。
だけど、この赤き海に目が離れられない。
そのときだった―
キィィィィ――――――ン
鉄と鉄がぶつかり合う高い音。
空間いっぱいに広がり、緊張感が高鳴る。
「青眼の暗殺者さんですか?今日は大物に出会って、僕は満足です」
深々と被った笠の奥に潜む、飢えた鋭い青眼の光を相手に向けて刀に力を入れえる。
最近よく大物を暗殺するから、身体的特徴も特徴で目立つために、ちまたで有名になっているらしい。
振り返って、刀を交えた相手は、人のよさそうな顔とは裏腹に、並外れた殺気を放つ青年だ。
青年は、嬉しそうに刀に力を入れて押してくるので、押し負けないように、交えた刀にこちらも力を入れる。
「新撰組、1番隊組長である沖田 総司が、我のことを大物とは恐れ入る」
剣の天才と囁かれているのは知っている。
暗殺者は情報も武器、日々の情報を頭の中に入れるのもかかさない。
情報によれば、京の治安を守るため、会津藩主で京都守護職の松平 容保の支配下の治安部隊に位置する
新撰組。組織は一番から十番まであり、一番隊組長を任される技量の持ち主である。
一語で言うなれば、かなりのつわものである。
「へぇー、私のことを知っているのですか!?」
子供のようにはしゃぐ相手に、あきれたため息を吐く。
天才と言われている人は、必ずどこかおかしいというが、実感する。
「今日は、お前を殺す計画はないんだ」
暗闇で自分の顔はわかりずらいだろう、さらに念のために笠を深く被っている。
自分にとっては殺すメリットはなく、依頼がなければ殺さない主義。
暗殺者というのは、依頼以外の者は殺さないというのが鉄則。依頼のときは依頼人が全部後始末をして
くれるが、依頼以外の人間を殺すことは後始末が厄介だからだ。
「でも、私は青眼の暗殺者を、京の治安を守るため殺さないと」
言葉の一つ一つとテンションに、子供の無垢な残虐さが感じられる。
本当に治安のためだけか?
自分の楽しみのためだけに、嬉々として刀を抜くような相手であると思えた。
なんせ、新撰組は人を斬ることをが好きな団体として“壬生狼”と、一般庶民は侮辱を込めて影口を叩いているのだ。
その言われは、人を斬るのが楽しかの如く不逞浪士を斬るからである。
そのいい例が、今目の前に神々しい笑みを浮かべているが、手には人の血に飢えた刀が握られている。
「今日は見逃してくれ、お前を殺す番が来て、お前の前にもう一度現れたら殺せばよい」
親が子供を諭すように言うが、飢えた刀を握り構えている相手はそうもいかないらしい。
退散しようとして大きく一歩飛び下がるが、獲物を最後まで追い詰める狼のように、
見つけた相手を逃がさんと言わんばかりに地面を力強く蹴って追いかけてくる。
「しつこい男は嫌われるって、言葉を知らんのかね?」
「私は、一途なのですよ」
そう言い放つと低く姿勢を落とし水平に刀を構え、そして三段の突きが襲ってくる。
左に大きく体をひねり後回転をしてかわしたが、肩に浅く切り傷と、深く被った笠の止め紐が切れて、
笠が地面へとゆく。
「くっ――」
「え…」
赤き月の光に照らされて、現れたのは―
「女…?しかも、髪と肌の色が―」
沖田は凍りついた。
上手隠してあった白銀の髪が宙に舞い、深く被った笠によって隠していた素顔の全貌が現れる。
色素を全て失ったような真っ白い風貌、狐が人間に化けたならばこのことを言うのだろうか。白銀が月に反射し、真っ暗な闇にも関わらず
明るく輝いて見えて神々しい。
「くそっ」
顔を見られた。
今殺すべきか?
風になびき、まとまりのなくなった髪を押さえつけて歯を食いしばる。
頭でぐるぐると考えては、自分を押さえつける。
今殺せば、新撰組のほかのやつらが駆けつけてくるだろう。そうなれば、勝ち目はない。
新撰組が得意としているのは、個人戦より団体戦。
団体で一人の獲物を嬲り殺す肉食獣の狩の如く、集団で一人の相手をするのが得意であると聞く。
「今日は殺さないでいてやる」
捨て台詞を吐いて、相手が呆然としている間に、その場を離れた。
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