強がりたいが、呼吸する度に肋骨部分が痛む。

「……っつ、そう来たか。長い髪も時には邪魔になるものだなぁ……」

 羅愛は、右手に握られた折れた刀で自分の髪をばっさり斬った。

 そして、何とかシャーハットとの距離を取ろうと奮闘した。

だが、予想以上に痛む肋骨が身体の動きを奪って思うように動けない。  

「ぐがっ」

 背中に一撃が走った。

 シャーハットの腕が羅愛の背を一撃したのだ。

  「最後の悪あがきなど、見苦しいばかりじゃよ。

最後の悪あがきをするならば、賢者の石を出して命乞いをした方が懸命だと思わんかね?」

「……ふっふふふ……、最後の悪あがきが何か懸命か? なんて、人それぞれだとアタシは思うけどね」

 羅愛は、首から提げてある小さなビロードの袋を服の下から取り出し、その中から"賢者の石"を取り出した。  

「これが欲しいのか?」

「あぁ、それが欲しいのだ!」

 シャーハットの物欲しそうな表情に、羅愛はうんざりした。

 これが、本当はどういうモノなのか確実に知らないのに、どうして欲しいなんて言えるのだろうか。

 この国の国宝である"賢者の石"が何をどうすべきものなのか、知っている人間は王と一部の者しかいない。

 "賢者の石"を手に入れたからと言って、世界征服ができる、神に近づける等の事はないのは知っているのか?

 "賢者の石"の本当の意味は――

「アンタにやるなら、こうするわ!」

 羅愛は、一気に"賢者の石"を飲み込んだ。

 ごくりっと、音を立てて喉を通過して胃に入る。胃に入った後は、どうなるかわからない。

消化するのか、しないのか。もしかしたら、特別な物だから不可思議な事が起きるかもしれない。

 羅愛はシャーハットにあっかんべーをする。

「なっ、こ、小娘! 吐き出せ! 今すぐ、賢者の石を吐き出せ!」

 無数の腕が、羅愛の腹めかげて殴りにかかる。

 羅愛は、肋骨の痛みで攻撃が避けられず打たれるばかりだった。だが、吐き出さないよう必死だ。

「羅愛を嬲るのは、そこまでにしてもらおうか」

 いつの間にか、シャーハットの背後にユタカが立っていた。

 シャーハットの首筋には、ユタカの剣がギラッと不気味な光を放ち、斬るか斬らないかの寸前で止まっていた。

 シャーハットが下手に動こうとするならば、ユタカの剣の餌食となろう。

ユタカが、シャーハットを斬るつもりならば確実に斬れる距離でもある。

 シャーハットが、目だけでユタカを恨めしそうに睨む。

「今度は何だ? 状況が危うくなったから、小娘の味方をしてワシの首を討ち取り許しをこうのか?」

 ユタカの肩が揺れた。 

 揺れは徐徐に大きくなり、そして室内に響き渡る笑い声がする。

 それは、ユタカらしくもない感情的な笑いだった。愉快そうな、そして皮肉めいたような。

「許しな……。俺は一度だって、あいつに許して欲しいなんて思ってない」

「ユタカ……? ア、アンタは――」

 羅愛は見た。

 シャーハットは後ろを向くことが不可能だったために、羅愛だけしか見なかった事実だ。

 ユタカの目。いつもの無表情に、少し憂いの色が浮かび上がっている表情の目。

 いつも見慣れている冷えた青色の左目そして――  

 ドゴォォォォォォ――

 塔の階下から大きな破壊音が、こちらまで響き渡ってきた。

 そして、ガヤガヤと数人が塔に乱入してこちらにやってくる。

「羅愛、遅いから助たちにやって来たぞ!」

「羅愛ねーちゃん、生きている? 死んでいる? どっちでもいいから、返事してよ〜」

 死んでいたら返事はできないぞ、というツッコミは今の羅愛は出来ない。

 何故ならば、ユタカの右目の瞳に息さえ出来ない程目を奪われ、電撃を浴びたように歓喜に震えているからだ。

 氷のような冷たい青色に不思議な輝きを放つ無機質的な瞳に、羅愛は感動をし声さえも出せないからだ。

 昔、先代がこっそり見せてくれた"賢者の石"を羅愛は思い出した。

「セバン、第四遺書を読み上げろ!」

 部屋に入ってきたセバンを見るなり、ユタカは命令のようにセバンに言い放つ。

「承知しました」

 セバンは恭しく頭を下げ、ポケットから封筒を取り出す。丁寧に封を切り読み上げた。

「第四遺書を読み上げます。第8代目王から、真実を申しあげる。

まず、第三遺言書の中で任命した次期王について、それは偽りの王である。

訂正し、本当の王をここで告げる。次期王第9代目王は、ユタカ・マギを任命する。

なお、偽りの王であった者の処置については、一切を次期王に任せる」

 第四遺言書を読み終えたセバンは、また恭しく頭を下げてシャーハットに歩み寄る。

 シャーハットは、真実が驚きのあまりに口をパクパクして何か言いだけの表情を浮かべている。

だが、あまりの驚きに声もでない様子だった。

 このままほっといても、心臓発作で死にそうな程だ。

「ユタカ様、この者は今すぐに処分をいたしますか?」

「そうだな。コイツには聞きたいことは全部聞いたし、全部悪事は俺が把握している。今すぐ殺してもいい奴だ。それに――」

 ユタカは考えた後、首を左右に振る。

「私情で殺すなど、王がするべき事ではないな」

 ユタカはシャーハットをセバンに任せた。

 そして、いつもの無表情だが憂いを少し帯びた顔して、羅愛の方へと歩いてくる。

 羅愛は、全身が悲鳴を上げている中身体を動かすこともできず、疼くまったままで目だけユタカを見る。

「はははははっ……、本当の王は直傍にいたって話か」

 緊張の糸が切れ、徐徐に気が遠くなっていく感じがする。

「我が王(マイキング)に末永い栄光を――」

 言い終わった直後、真っ暗闇が羅愛を誘い意識を手放した。  

   

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