ティンクルから解放された羅愛は、改めて部屋の中を観察する。 飾りっ気のない部屋だ。 地下の石畳の部屋は、暖炉を炊いているに関わらずジメジメと湿っぽい。 部屋の真ん中には木材のテーブルと椅子が4脚があり、その一つにマリアが腰を下ろして聖書を読んでいる。 「怪しい東洋人ってどこにいるのだ?」 「あの扉の部屋、今はラルト君に見張ってもらっている」 カイが指差した扉は、この部屋の出入り口の左側に位置している。 「ラルトがいるのか?」 ラルトの無線機が音信不通になり、安否をとても心配していた羅愛はほっと一安心した。 「もしかして、怪しい東洋人を見つけたのはラルトか?」 「まーな、後は可愛い部下に報告聞いてくれ」 羅愛は扉をそっと開け、中をちらっと見る。 オイルランプ1つのため、薄暗く狭い空間に2人の人間がひっそりといた。 「誰です?」 ラルトの声だ。 「だ〜れ〜だ〜?」 「はっ、その声は羅愛軍師長? あっ、違った今はユーロ国9代目羅愛王」 「ぷっ、何その呼び名。笑っちゃうわね」 たぶん、カイ達に聞いたのであろう。 律儀に訂正した羅愛の呼び名に、羅愛は腹を抱えて笑った。 「涙でる〜、やっぱりアタシは王に相応しくないわねぇ〜。呼び名がださっ」 「今、笑っている時じゃないと思うのですが……。それより、部屋に入って来てくださいよ。 扉の隙間から覗かれるのは、鳥肌が立つほど不気味です」 そう言われて、羅愛はふざけるのを止めて部屋の中へ入る。 「こいつが、例の怪しい東洋人?」 部屋の奥で椅子に縛り付けられ座っている東洋人を、じっくり見ながら羅愛は何かひっかかりを覚えた。 東洋人は羅愛の顔を見るなり、驚いた表情を浮かべている。 「あ、ソナタは数日前に案内してもらった軍人さん!」 羅愛は手を打つ。 「あー、思い出した。そう、数日前にこの国に来た東洋系の男だー」 「王様、知り合いなんですか?」 王様と呼ばれて、羅愛は咽た。 「……お願いだから、その呼び名を止めてくれない? まだ正式に王じゃないし、しっくり来ないから羅愛軍師長でいいよ」 「では、羅愛軍師長。コイツと知り合いなのですか?」 ラルトは言い直す。 「知り合いという程でもないよ。 数日前に道案内してやった東洋人で、その時は大祭目当ての観光客かと思ったんだけどねぇ〜」 羅愛は東洋人に近づき、相手を観察した。 東洋人特有の黒色の長い髪は後ろに束ね、黒曜石の瞳が羅愛を捉えている。 「名前は?」 「リャン・リ・アルバート」 「歳は?」 「21歳でアルヨ」 「で、職業は?」 「裏の何でも屋」 羅愛は事情聴取の要領で、相手に質問攻めをする。 想像していたより素直に答えてもらい、羅愛は拍子抜けした。 「やけに素直だね」 「そりゃ、生々しい拷問談を聞かされれば、誰だって素直になりますよ」 カイの拷問話は、拷問をする前から恐怖に陥るということなのか。 「素直に話すであるヨ! だから、命だけは助けてほしいでアル。国に病気のかあさんがいるであるヨ」 「チープな同情話に乗るか! 裏の何でも屋やっている奴に病気の母がいるのか?」 「っち、ばれたらしょーがないでアル。でも、命だけは助けてほしいヨ」 注文の多い捕虜である。 羅愛は一瞬殺気を覚え、思わず腰に下げてある刀に手を添える。 「わわわわ。羅愛軍師長、落ち着いてください!」 「お前は古典文学の注文の多い料理店かっ! 注文が多くて自己中なヤツは死んでしまえっ!」 全力でラルトに押さえつけながら、羅愛は斬りかかろうとする。 「わわわわ、血の気が多い女であるヨ。ここの国の人間達はカルシウム不足であるか?」 「リャンさん〜、羅愛軍師長を煽る言葉を言うの止めてくださいよぉ〜」 ラルトは情け無い声で悲鳴のように言う。 「羅愛軍師長も冷静になってくださいって。殺せば、情報も聞き出せないでしょう?」 「むむっ、そうだった」 そう言われれば、斬るのを止めるしかない。 羅愛は改めて、リャンという東洋人を見る。 「本題に入るか。お前は、何で今回の事件に関わっているのだ?」 「依頼されたのでアル。職業は裏の何でも屋なんでネ、裏の仕事は依頼されれば基本何でもやるヨ」 「で、その依頼主は? ユタカか?」 羅愛は拳を握りしめた。 「ユタカ? 違うであるヨ。黒幕はシャーハットというじーさんでアル。ユタカっていうと、あの美人なお兄さんであるカ?」 「美人だが右目が眼帯だから、美人台無しの男だ」 「あぁ、あの男ネ。何故、あのじーさんの下についているか不明な男ヨ。もしかして――あんさんは、あの男の彼女?」 「ちがーう!」 リャンの疑問に、羅愛は全力で否定した。
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