鼓膜が破けるほどの大きな水飛沫がしたと思うと、息の出来ない場所へ身を投じた。 現状の確認をしようともがくが、霞んだ脳はそれを拒否している。身体が自分の身体ではないみたいに、コントロールが利かない。 何がどうなっているかわからず、羅愛はもがいた。 息ができない苦しさに、身体は生きようと足掻いている。それは生態本能からだろう。 今の羅愛の頭の片隅には、"死"という文字が自ら受け入れ佇んでいるからだ。理性では"死"を選んでいる。 ――この世から退場願おうか? ふっと、先程のユタカの言葉が頭に過ぎった。 その時、羅愛の対応は王として賢者の石を守る宿命だけに専念し、ユタカや国民のことを念頭に思った選択をしてなかった。 そのことに、悔いている。 ユタカは言った。 ――王が任せられるか! 確かに、自分は王には相応しくないと前から思っている。 だけど、この国と国民を誰よりも愛し、そのためなら命ぐらい惜しくはない。 王には相応しくないと思っているが、誰よりも国民思いであると自負している。 自分が死ねば国民のためになっただろうか? 今この息ができない状況を耐え、永遠に息をしない状態になれば国民のためになるのかもしれない。 そう思った瞬間、身体の力が抜けていく。そして、この状態に身を任せることにした。 「「羅愛の一本釣り〜」」 急に騒がしい声が聞こえ、羅愛の身体は引っ張られた。 「羅愛ねーちゃんをマグロのように釣るな! アホ兄弟」 「「川にぷかぷか浮かんでいたら、釣りたくもなるだろう?」」 一々声をハモらせている二人組。そして、よくわからない二人組にツッコミを入れる声。どこか、聞いたことがある。 何故、地獄に知人がいるのだろう? 「羅愛ねーちゃん、死んでないよね? おーい、羅愛ねーちゃん。生きていたら返事してよ」 羅愛は息苦しさを我慢できず、その場でのたうち回りながら体内に入った水を吐き出す。 どうやら、永遠に息をしない状態になるのは失敗したようだ。 「ゲホゲホッぷはっ……こ、ここ……どこ? 地獄ではないよな」 酸素を沢山吸い込み体内に送ると、少しは頭の霞が取れたような気がした。 「おいカイ、ここは地獄か?」 「いいや、ここは天国かもよ?」 「「さぁ、どっちでしょう」」 解とカイが、いつものようにふざけたコントを繰り広げている。 「はいはい、現実世界のユーロ国だ。アタシは死に損なったのだな」 「正解ってところだね。羅愛ねーちゃん、寒くない?大丈夫?」 砂漠の国は日中は暑いが、夜になると一変して寒くなる。 真夜中の気温にずぶ濡れになった身体は震えていた。 「寒い」 「羅愛ねーちゃんが風邪ひかないうちに、移動するよ」 「どこに? どうしてアタシがここにいるとわかった?」 ここに辿りついたのは、羅愛の室務室のバルコニーから転落したためだった。 バルコニーの下には、城一周している大きな堀があった。 かなり深い堀に水が蓄えられていて、その水は城下町に張り巡らされている川へ繋がっている。 羅愛は運よく堀へと上手に落下したため、堀に蓄えられていた水がクッションとなり転落死は免れたのだろう。 だが、こうして見つけてもらわなければ、溺死になっていたかもしれない。 それにしても、タイミングがよさすぎる。 羅愛がバルコニーから転落したのはユタカしか知らなかったのに、どうしてこの3人は羅愛を助けることができたのだ? 「ユタカに教えてもらったんだよ」 当たり前だろう? という表情で解は羅愛の質問に答えた。 「馬鹿、それは内緒だって言われただろ?」 慌ててカイが制止する。だが、言ってしまったものは取り消しようがない。 「ユタカが? アタシの死を望むアイツが?」 「ユタカにーは、何を考えているかわからない。でも、今回のことはユタカにーだけが黒幕じゃないらしいよ」 「アイツが反逆を起こしたのではないのか?」 羅愛がジャスに問い詰める。 「今回反逆を起こした団体は反王政派で、ユタカはその一員でしかない。中心人物は、シャーハット右大臣だからね」 カイが朗読するように情報を羅愛に教える。 「その情報は、どこから?」 「羅愛の部下の一人が怪しい東洋人を捕まえたんだよ。 詳しく言うならば、城から脱出するために地下に降りた俺らが、 苦戦している所に出くわして皆で捕まえたわけだ。 その東洋人にちょーっと拷問して情報を教えてもらったのさ」 拷問と聞いて、羅愛は顔をしかめる。 カイは拷問が得意で、拷問の仕方がえげつないのだ。 昔、カイがとある犯人を拷問するというので見学させてもらったが、あまりのえげつなさに嘔吐したことがある。 それを今思い出して、その東洋人が少々哀れに感じた。
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