外は闇が広がってもおかしくはない時間帯だが、紅蓮の炎が空を赤く染めて闇を制していた。

 羅愛は執務室のバルコニーに身を乗り出し、城下町の燃えている様子を呆然と見ていた。

 今の羅愛は、ただ見ているだけしか出来なかった。

 ちょっと前ならば、自分が行って現場を指揮できたのだ。だが、王と一部の人々に公開してしまった。

王直々に行動するのは、王が部下を上手く使えないと王の品格に損なうらしく、ユタカに止められた。

 歯がゆかった。

 目の前で一大事件が起こっている。なのに、解決を指示し待つしかない自分の地位を呪いたい。  

「くそ、何やっているんだ? あれでは、城下町一帯が燃えつくされるぞ」

 拳をバルコニーの手すりに打ち付ける。

 先ほどから、何度も拳を打ち付けている。そのためか、拳がズキズキ痛み鉄の臭いが鼻につく。  

「もどかしい」

 たまたま運よく火柱から無事に逃れた羅愛とユタカは、ゲスト達を城に設備されているシェルター室へと避難させた。

その後、城下町の現状把握を命令したのだが、城下町は地獄絵図のようになっている最中だった。

 火柱により一軒の家に火がついたと思うと、その火が燃え広がったのだ。

 消火活動と城下町の人々の避難援助を命令したが、一向に炎は納まる気配がないのは今見ての通りだ。  

「そういえば……」

 羅愛は気になって、喉にひっかかっているような事があった。

 それは、先程の火柱に遭遇した事だ――  



 コンコンッ――



   控えめのノック音と同時に入室許可を願う声が、遠くの扉から聞こえてきた。

 羅愛は耳は野生の獣に匹敵できる程だ。それは、誰にも負けてないと自負している。

「入れ」

 小声で入室許可をした。

 だが、相手は聞こえていないらしい。

 また、ノック音と入室許可を願う声が聞こえてくる。

「入れ」

 今度は通るような大きさの声で入室許可をする。  

「失礼します」

 やっと聞こえた扉の向こう側に居た者が、室内に入ってきた。

「ユタカ、消火活動はどうだ? 全然火が弱まっていないように思えるが」

 ユタカの報告を聞くため、城下町を背にして室内へと身体を向ける。

 軽くバルコニーの手すりに身体を預け、ユタカと向かい合う形になった。

「火柱が時間差で湧き出ているために、火の手が収まることがない状態です」

「見ればわかる。かなり苦戦しているようだが、住民の避難や被害はどうだ?」

「死亡者が出てないのは、不幸中の幸いでしょうね」

「そうか」

 沈黙の空気が流れる。

 ただ、耳から入ってくる唯一の音は、遠くに燃えている炎の音だった。

「ねぇ」

 声が出てしまったが、気になったことを言おうか言わないか迷っている。

 それは、先程の業火が湧き起こったときに、どうしてタイミングよく回避できたのか? ということである。  

「なんでしょうか?」

 羅愛は耳がいい、と自負している。というよりも、野生並みレベルだと揶揄されている。

 その羅愛よりも、いち早く地下から湧き起こる業火の音を察知して、回避できるものなのだろうか?

 先程の実験でも、ユタカは小さな声が聞き取れてなかったのに……。  

「やっぱり、なんでもない」

 羅愛は俯いて、首を頼りなさげに横に振った。

 怖いのだろうか?

 些細なことを聞くのか。

 羅愛のあり得ない妄想が予言が成立したように現実になることが、怖いのだろうか?

 何年も前から共に歩んできた義兄でもあり、よき友人でもあり、

そして好意を抱いている人物である相手を信用できないのだろうか?  

「なんですか? 貴方らしくないですね」

 いつの間にか、羅愛とユタカの距離が縮まっていた。

 その距離は、わずか程。

「気になって夜も眠れるか? それは丁度いい、このような状況だと暫く眠れない夜が続きそうだぞ。

それとも何だ? 気になって禿げるか」

「あのですね、人をからかわないでください。どーせろくでもない事隠しているのでしょう?」

 深いため息をつきながら、ユタカは額に手を当てる。

 過去のろくでもないことを思い出しているのだろう。ユタカの眉間には、皺が寄っていて難題を解いている顔になっている。

「そんな、難しい顔する程の事でもないよ! まったく、人をなんだと思っているのだ?」

「ユーロ国最大のトラブルメーカー。その名も、歩くトラブルマシーン」

「歩くトラブルマシーンって言うな! まったく、失礼な」

「では、何ですか?」





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