根気よく蟻を数えると、17匹いる。

 羅愛は巣穴の中の蟻の数を想像する。この巣穴の中ではいったい、何十匹いや何百匹いるのだろうか?

 もしかしたら、何千匹に達するのではないか? そうなると、これはもう蟻の世界では国に近いのではないだろうか? 否、国だ。

 国とは即ち指導者兼代表者が上に立ち、下の者たちを導く。いわゆる、暗闇の中のランタンみたいなもの。

 蟻も、女王蟻が君臨し、下のモノ達を導いている。それを考えると、蟻の巣1個は1つの国である。

「先ほど、マリア・テレアージからユタカは本気でアタシのことを心配しているのだ、と言われた。

だが、それはアタシが王だからであって、ユタカは"王"という存在が無事であれば満足なのだろう?」

 今までユタカが羅愛を必要以上に心配していることは、そういうことなのだろう。

 そうでなければ、仕事好きで冷血で他人なんて無関心なユタカがどうして心配しようか? 

 ようは、他者に平等に無関心で冷たいユタカが、何故羅愛だけに関心でいられるのか。

即ちそれは、羅愛が“王”だから、という結果に過ぎない。

「知っている? 蟻社会は女王蟻が欠けた場合。残った蟻は働くことを止めて不活性化していき、

やがてその巣に所属する蟻は全員死に絶えるんだって。ユタカが心配しているのは、そんな蟻社会みたいな出来事でしょう? 

でもね、残念だね。人間社会はね、トップが欠けても何とか運営していくの。代行が現れるかもしれないし、

次のトップが現れるかもしれない」

「不吉なことを言わないでください」

 今まで黙っていたユタカが、やっと口を開いたときに出た言葉は悲痛の叫び声に似ていた。  

「“王”は大事なのだろうけど、民がいなければ王など意味がない。心配する対象は民であって、

王の代わりなんていくらでもいる。アタシの横にいるユタカとかね」

「そんな考え方だから、王としての責任がないのですか?」

 波紋に似た静かな怒りだった。

 静電気のようなピリピリとした感覚がして、はっと羅愛はユタカを見上げた。

すると、ユタカの眼が剃刀のように鋭く羅愛を捕らえている。

「ユタカ、お前は難しいことをアタシに押し付けている。」

 羅愛は肩をすくめ、ユタカの怒りの空気をものともせず話を続ける。

「責任や自覚なんて、戴冠式を受けて真の王となり王としての仕事をする時に芽生えるのだよ。

今の段階では、王の自覚や責任というものを求めようと思うと難しいね」

「実際そうですが、公表して戴冠式の間の今だからこそ自覚を持ち慎重に動かなければ、

貴方が邪魔だと思っている者たちに殺されますよ」

「それもあるね〜、まぁ殺された時はユタカにバトンタッチするわ……」

 羅愛のいつもの冗談が、今はユタカの機嫌を損なうだけらしい。

 先ほどから発せられる怒りの空気が殺気へと塗り替えられたのを感じ、羅愛は慌てて訂正する。

「って、冗談だから殺気送るな。暗殺される前に、今お前に殺されそうだ」

「言ってよい冗談と悪い冗談くらい理解してくださいませんか?」

 ユタカは眉間に皺を寄せる。しかも、いつもの倍。

「ブラックジョークも通じないと駄目だと思うけど?」

「何のために?」

「アタシみたいに、海より広い心を持つためだ」

 羅愛は胸を張ると、ユタカはそっぽを向く。

「おーい、あらかさまに無視しないでよ」

 何も反応がない。やれやれ、と思い空を仰いだ。

 夕日が放つ銀朱色の光が世界を染めていた時から刻一刻と色が変わっていき、

今は薄暗くなった空が銀朱色の世界を遠くへ追いやっていた。

 空が完全に闇に包まれるのが待てない星が一つ輝いている。

「そうそう。何をユタカに言いたかったか、というとだね」

「まだ、話が続いていたのですか?」

「君が強制終了させたからだ。で、話していいか?」

「どーぞ」

 羅愛は空を見上げたまま言う。

「うーん、どこから話そうか? そうだな」

 何やらはっきりしない羅愛に、ユタカは怪訝そうな顔をする。

「何ですか。何か言いにくいことでも? もしかして、何かトラブルでも隠しているのでは?」

「あのねぇ〜。アタシをトラブルメーカーのように言うな」

「実際に、トラブルメーカーじゃないですか」

「トラブルがアタシの方に来るんだよ。アタシは被害者だ! って、また話それたぁ」

 頭を抱えて嘆く。

 ユタカの大いなる溜息が聞こえる。何か馬鹿にされているようだ。

「もう、はっきりいう」

 羅愛はユタカに挑むような視線を向けた。

 これから言うことは、羅愛にとっては人生一大勝負なのだ。

「はいはい、何ですか?」

 向けられたユタカは不可解そうに羅愛を見返す。

「あのね」

 深呼吸するために少しの間を空ける。

「好きだよ?」





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