メイドとコックが忙しなく働く現場――調理場。

 ここで忙しなく働いている者達は、激戦区の戦場兵士のように気を抜かずに精神を張り詰めている。

 そんな中で、それは起った。

「……アタシが気を抜いていたよ! 今日は何の日か? 

お前が城に現れる日だ。イコール調理場が爆発に見舞われる日でもある! あぁぁぁ、ユタカに何て言われることやら」

 調理場で頭を抱え、羅愛は嘆いていた。

 なぜならば、激戦区のような忙しい現場である調理場で、爆発事件が起きてしまったからである。

 被害状況は、調理場の空間に美味な匂いと火薬の匂いが混じりあい形容しがたい複雑な匂いが篭り、

テクノロジーの一つ『レンジ電子』が置かれている場所一体が煤けている状態だ。

  「でも、おいしい料理ができたよ。羅愛ねーちゃんはアップルパイが好きでしょう?」

 この状況を作った少年――少年らしい体格と人懐っこい笑み、蜂蜜色した髪と瞳。

城の調理人と同じ制服を着て、この調理場で自然に混ざってアップルパイを自然に作っていたらしい少年は、

羅愛ににっこり微笑んでアップルパイを見せる。  

「ジャス……。城に帰って来たら料理作る前に、アタシかユタカを探して挨拶するのが常識でしょう。

調理スタッフとして働け、とは誰も言ってない」

「やだな、僕のふるさとはここさ。裏方専門天才料理少年であり、伝説の子らの一人のジャス君はここが一番落ち着くのでーす」

 自分を天才料理少年と言ってのけるが、天才がどうやったら地獄絵図のような現状を作り出せるのだろうか。  

「一口食べれば、絶品だってわかるってね。はい、あーんして?」

「確かにおいしそうだけどさ」

 ジャスはフォークでアップルパイを食べやすい大きさに切り、

アップルパイの断片をフォークで刺して羅愛の口元に持って行く。

「アタシを大好物のアップルパイで釣るなよ」

「僕のアップルパイは久しぶりでしょう?」

「そうだけどさ、話をそらすな」

 羅愛は声を荒げてジャスを睨みつける。もちろん、アップルパイは拒否。

 そんな二人に、見知らぬ人間が声をかけてきた。

「あらあら、何事ですの?」

 誰かわからずに不可解に思い、声した方へと目線を移動する。

 そこには、城のメイドにあてがわれている制服を着た少女が不思議そうな顔して立っている。

 身長が少女の平均より高いせいか、細くて棒のような身体である。

ツインテールの髪型にそばかすが目立つ顔にある大きな瞳は少女らしい。

だが、何か違和感を感じて、羅愛はまじまじと相手を観察した。  

「うーん、どこかで見たような気が――あっ、この間城下町で会わなかったか?」

「羅愛お姉様、本当にワタクシがわかりませんの?」

 彼女は悲しげな表情で、羅愛を見つめている。

 そう見つめられても、知らないものは知らない。しょうがないのである。

「貴方のふざけた外見では、誰もわからないと思いますね。ティンクル」

「え、えぇ!? ティンクル?」

 羅愛は目を見開いて、ティンクルに迫った。

 そして、メイド制服のボタンを強制的に上から3つまではずして確認する。

「ら、羅愛お姉様? 何、セクハラ?」

「違うわっ、アンタがややっこしい格好をして登場するからでしょう! 

どうやって女になったのかと思ったが、なーんだ女装か」

 羅愛は残念そうに言った。

  「不出来な孫が申し訳ございません」

 ティンクルの背後に初老の執事が背筋を伸ばして立っていた。すまなさそうな表情をし、羅愛を見ている。  

「お久しぶりです、セバンさん」

 羅愛は、セバンに久しぶりの挨拶をした。

 セバンは、見た目は物腰のよいおじいさん、という印象。

暖炉の灰のような灰色の髪をオールバックに纏め上げ、西洋文化よりのデザインである執事の制服を隙間無く着こなしている。

ティンクルの祖父で、先代の側近だった一人である。

「はい、お久しぶりです。羅愛さん、少々いいでしょうか?」

「何でしょう?」

「先程から無線機からなのでしょうかね? 声が聞こえてきてます。対応してあげてください」

 先程の爆発音で、どうも耳がおかしくなったようだ。

 指摘されるまで、わからなかった。

「わわわ、大変! ユタカからかな?」

 急いで無線機を手に取って出た。

「さてさて、この状態はまずいですね。ジャスさん、貴方は天才なのかどうなのか私にはわかりません」

 セバンに静かに首を横に振られ、ジャスはムッとした。  

「食べてくださいよ。絶対においしいですから」

「味だけは天才なのは知ってます。問題は、調理方法なのを自覚して下さい」

 セバンはやれやれといった感じだった。

「さて、この状態はまずいですね。何とかしないと仕事ができません」

 セバンは手を3度叩く。

「この現状と滞った仕事を何とかしますよ。ここにいる皆さん、ご協力お願い致します」

 柔らかな物腰で、働いている全員にセバンはお願いをする。

「ジャス君とそこの若い二人」

「「え、俺達?」」

 若いコックの見習い二人が、見知らぬ人に指名され素っ頓狂な声を上げた。   

「そう、貴方達です。あれらを片付けてください」

「えー、たった3人でぇ〜?」

 ジャスは抗議に対し、セバンは辛辣でもっともな事をいう。

「他の人たちには仕事に専念してもらい、役に立たない人には掃除に専念してください」

 セバンは周囲に的確な指示を出し、仕事を時間に間に合わせるように人々を動かした。

 その様子に、羅愛は関心する。

「さすが、王専属執事ですね」

「もうその名称で呼ばないでください。先代にお仕えしていただけですから」

 寂しく微笑んで、セバンは忙しなく働き始めた人たちを眺める。

 王専属執事――王の側近で仕え、日常の世話から雑用まで広く働いていた者の事を指す。

 セバンは、先代王が生きていた頃は一番信用されていた一人だった。

先代王が崩御した時、4つの遺言書を託され時期が来たら発表する役目を言い渡された。

 今日これから、第三遺言書の開封儀式が始まる。その儀式で発表するのも、彼の役目だ。

「そういえば先程、無線でユタカの様子がおかしかったのですが……」

「どうしました?」

「何故か、ジャスに『お礼を言っといて』と言われました。どうしたんだろう? 何か悪いものでも食べたんじゃないのかな?」

 首を傾げて訝しく思う羅愛に、調子に乗ったジャスの声が聞こえてきた。

「やった! ユタカにーに僕の芸術的作り方を認めてもらったぞ」

「いや、それは決してないから」

   確かにジャスの料理は天才的で芸術的に美味しいが、作るたびに調理場が地獄絵図になる料理方法は迷惑極まりない。

 羅愛はこの間の城の食堂料理食中毒事件により、信用できる料理人を迎え入れようと考えた。

そのとき、ジャスのことも頭に過ぎったが、この料理方法がまだ定着しているならば辞めた方がいいだろう。

 もし、ジャスを料理人として迎えいれるならば、調理場の修復で国費が費やされるのを覚悟しなければならないからだ。





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