ユーロ国王の成人日があと2日。

 前日の夕方、この国に稀な雨が激しく降っていた。

人々は天気を心配していたが、雨は明け方には止んで空が澄み渡った日となった。

 国民は指折り数えて、王が自分達の前に現れる日を待ち望んでいる。

 王が表に現れない時期を“不在中”と国民の間では囁いているが、不在中期間は国民にとっては不安な日々であった。

税は上がり、水の水源が有料になる地区が増え、地区を治める官吏は好き放題やっている。

 力ある人間が好き放題する時期、王は一体どのような人物なのか? 国民の関心がいい意味でも悪い意味でも一気に上っている。

 一方では、王が腑抜けだから表に出てこれなくなったのではないか? 

官吏が好き放題な世の中になったのは、実は王の指示ではないのか? 

不在中になっているが裏で動かしているのではないか? 等、王の支持率を削ぐ噂も囁かれている。

 様々な期待や噂、批判が波紋として広がり、国民の不安を掻き立てる。

 しかし、大祭は近づいてくる。 



   城の中は人の出入りで慌しい。外と城の境界線である扉は常に開けっぱなしだ。

城の1階のホールには、人々で隙間なく埋め尽くされている。

 ユタカはホールの真ん中に位置づけられている螺旋階段最上部で、1階ホールを監視していた。

 何を監視しているかというと、一番の混乱場所である入り口付近を、スムーズに来賓者を迎えて控え室に案内するか。

全体を通して見ながら、部下に指示を出す調整役として監視している。

 今のところは、大したことは起こってない。

 自分達で考えて動いている者が大半で、その使える者達は羅愛直属の中央部の兵達だ。

 右も左もわからずにまごついてユタカに鋭い指示を受ける者達は、他の地区から応援として駆けつけてきた兵なのである。  

「仕事サボっているようで、部下指導はしっかりしているのだな」  

 いつもは羅愛を叱ってばかりいるユタカだが、今は褒めただえたい気分だ。

 中央部兵と他地区所属兵の仕事が出来る差は、ホールで働いている者達を見て明らかだ。

 羅愛は自分の部下達全員を、命令を下さなくても考え仕事ができる人材へと育てたのだ。

 羅愛のリーダーシップは抜群で、信用できる部下ならば面倒見がいい。  

   「ユタカ宰相じゃないかね」

 背後から人が良さそうな年配男性の声が聞こえてきた。

 1階ホールから目線を上げ、ゆっくりと振り返る。

  「これはこれは、シャーハット右大臣。今は誰もいないので、偶然を装わないでください。白々しい」

 男性でもゾクッとする程の綺麗な笑みを浮かべて、白い髭と白髪の人の良さそうな笑みを浮かべた年配男性シャーハットに言った。  

「お前さんのことだから、部下を近くに潜ませているのではないかね?」

 人の良さそうな笑みだが、目が笑ってない。目の前にいるユタカの内心を探っているような、そういう目つきをしていた。  

「私は羅愛みたいに人好きではありませんからね。常に部下を付き添って歩くのは、この地位に就いても性に合いません」

「では、今話をしても大丈夫かね?」

「えぇ」

 しかし、シャーハットは何も言わず、辺りを慎重に見渡す。

「耳に壁ありという言葉がある。ここでは詳細な事はよそう」

 シャーハットは東の滅びた島国のことわざを出し、もったいぶる。

「この作業が終了した後は、時間はあるかね?」

「第3遺言書開封儀式の時間は、この作業終了後3時間後の予定です。

準備もほぼ昨日のうちに大方終わってます。後は部下に任せれば、時間は作れます」

「仕事熱心な事だな。では、部下に仕事を任せて私の控え室に来てくれるか?」

「承知しました」

 肯定の言葉を聞いて、シャーハットは満足げに頷き踵を返して去っていった。

 シャーハットを見送ったユタカは、ある気配に気づく。

「……、リャンいるんだろう? 出て来い」

「ありゃ? わかったでアルカ」

 黒い影が天井から素早く降ってきた。  

「お前、シャーハット右大臣に気付かれていたぞ」

「だから、耳に壁ありと言ったのでアルカ? あのじーさんも曲者ダヨ」

 リャンを無視し、再び仕事に戻るために階下に目線を戻す。

 ユタカが監視していない間でも、働いている者達は予想以上にスムーズに動いている。

その光景は、働き蟻達が働いている光景にも似ている。  

「暇でアル」

 リャンがユタカの右腕をつっつく。

  「ユタカ遊んで遊んで〜」

「お前はガキか? 俺は忙しい」

「だって、暇でアル。あれから待機ダシ?」

「例のアレを国に密かに入れる仕事はどうなったんだ?」

 小声でリャンに聞く。





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