「使えない人間が多すぎ、腐った人間が多すぎ、処分したい人間が多すぎ、虎の意を狩る狐のような人間が多すぎ、

自分の事しか考えない人間が多すぎ……というかね、国のことを本気で思っている奴がいないだろう? 

なんだか、全員殺したくなってくる気分」

 羅愛はテーブルに力尽きたように伏せる。

 それから、テーブルにのの字を書いて悶々と考えるのは、奴らを斬る想像だ。

「斬りたいな〜斬りたいな〜斬りたくなってくるんだよね〜」

「やっぱり、猿に戻ってきていますよ」

「だーかーらー、猿と言うなって言っているじゃない!」

 勢いよく椅子から立ち上がった瞬間に、ユタカの方へ跳び蹴りを食らわす予定だった――足首を掴まれ、

そのまま床に叩きつけられる。

 右肩から最初に床へ激突したため、右肩が後で痣になっているかもしれない。

反射的に受身をしたが、強い衝撃は身体全体を痺れさせる程だ。

床に叩きつけられた後、羅愛の背中の上に押さえつけるようにとユタカが上へとのし上る。  

「細い細いと毎日言っているが、乗っかられてみると重いんだけど? 隠れ肉でもあるわけ? そんなことより、退けろ」

「嫌ですね」

 きっぱりと否定される。

「猿は野生だから脳みそが単純。だから、斬れば全てが解決すると単純に考えるのでしょうね」

 呆れた溜息が聞こえた。

「師匠の教えを忘れたのでしょうかね。

剣を持つものは命の重さを十分熟知するよう、命の重さを無視し感情的に斬る事に走るならば殺戮者である」

「わかっているよ、わかっている……」

 だが、あんなグズ共は死んだ方が国のためになるのではないか? 呪縛のように絡み付いて国を腐敗する奴らなぞは!

 国民がどんな奴らでも、全員守り抜くことは義務であるのは知っている。

だが、国を腐敗させて自分の都合のいいように政治をしている奴は別だ。  

「貴方の気持はわからないこともないです。しかし、斬ることだけが解決方法ではない。

しかるべき処遇をし、彼らに退去させる事もできます」

「確かにそうだけど」

「解決策は一つだけではなく、様々なアプローチによって解決が可能なのですよ。

まぁ、奴らが好き勝手にやれるのもあと少しですから、辛抱してください」

 背中がふっと軽くなり、羅愛はそろそろと立ち上がる。  

「大丈夫、貴方は何があっても一人ではありません。自分がついてます。だから、貴方は安心して国の事だけ考えていればいい」  

 ユタカが耳元で囁いた。

 羅愛は、とっさに囁かれた方の耳を手で覆い隠し赤面して睨む。

 睨まれたユタカは、面白いオモチャを発見した表情をして笑っている。

「長年一緒にいたのに、耳が弱点であると今日初めて知りました」

 なんという不覚!

 相手に弱点を悟られるな、という言葉も師匠の教えである。

「馬鹿なこと言ってないで、さっさと部屋に戻って大祭の前夜祭の準備するぞ」

 羅愛はそっぽを向き、話を強制的にそらす。

 さっさと部屋を出ると、廊下の窓の景色は暗かった。

まだ、暗くなるには早い時間である。空を見上げると、どす黒い雲が渦を巻いて上空に漂っている。

 国の気候は乾燥気候であるため、年中亜熱帯高圧帯に位置するために降水量は少ない。

このように、雨が降りそうになるのは、1年年間に片手に数える程だ。

「大祭前に雨か……。先代が崩御なされた時も、空の色はこんな感じだったかな? 

あぁ、雨が降っていた。しかも、激しく叩きつけるような」

「約束、覚えてますか?」

―王の状態が落ち着いたら、また傍にいさせてやる。

 5年前のユタカの台詞が心に浮かんだ。

 先代王が瀕死の状態を復活させ、また先代王の傍にいさせてくれるようにしてやるとユタカは言った。

だが、そのまま先代王は帰らぬ人となった。  

「あれか」

「約束守れなく、大変申し訳ございませんでした」

「何を言うか、あれはしょうがない。ユタカはアタシを落ち着かせるために言った約束で、アタシを気遣ったのだ。

何も気に病むことはない」

 遅かれ早かれ、ああいう結果になる運命だったのだ。  

「雨が降ると思う?」

「この雲の色ですと、激しく降るでしょう」

 そうか、と羅愛はつぶやいた。

 雨は嫌いだ。気分が憂鬱になるだけではなく、雨のときは嫌な事が起こるからだ。

 今の空の色は、不吉の予兆のような気がして、羅愛の心は酷く締め付けられるのだった。





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