目を開けると世界が回っていた――まるで、乗り物酔いをしたかのようだ。

側頭部が金槌で殴られているようで、羅愛は頭を抱えて丸まった。

「気持ち悪い……」

 寝起きがこ

 羅愛の私生活を細かく管理し何か不備なことがあれば叱る姿は、嫁の動向を見張っている姑のようだ。

 そう思うと、笑いが込み上げて来る。

 だが、笑いが込み上げた同時に頭痛が鳴り響き、眉間に皺が寄ってしまう。

「この辺に薬があったのよ」

 ベッドサイドのテーブルに手を伸ばし、テーブルの真下に取り付けられている引き出しを開ける。

 泥棒の手つきのごとく漁りながら「これでもないわ、あれでもないわ」と呟く。

「あった……」

 取り出したのは、小さなプラスチック製の薬箱であった。

 その中から薬丸を取り出して口に放り込む。

そうして、テーブルの上にあった上品な銀細工の水差しを持って、これまた上品な銀細工のコップへと水を注ぐ。

 右手にコップを持ち左手は腰に手を当てて、勢いよく水を飲み薬を胃へと流し込む。

「苦っ……」

 薬は苦いが即効性があった。

 羅愛の世界は回ることを中断し、側頭部は金槌で殴られる痛みに襲われることはなくなる。

 生き返ったところで、自分が何故ベッドに寝ていたのかを思い出してみる。

「昨日、ベッドに入った記憶がないけど……」

 昨日の記憶を羅愛は頭を抱えて、昨日を思い出す――

「昨日の夜は」

 久しぶりの旧友と再会し、羅愛の広い執務室で酒盛りをして昔を懐かしんでいた。

 アラビア国方式で床に敷物を敷き、その上に座って酒盛りをするのだ。

 床に敷いた細かい唐草模様の絨毯に、酒の肴である色鮮やかな果物に、ナッツを揚げて砂糖をまぶした菓子、

豆を茹でたもの等など両国の食べ物を競うように並べて行く。メインは、両国の銘酒だ。

 それらを飲んで食べての酒盛りでは、昔話が盛り上がった。

 主な昔話は、解とカイの双子がアラビア国に旅立った話が中心だった。

 そもそも解とカイの双子は、ユーロ王国で羅愛達と一緒に先代王の下で養育されていた仲間である。

 アラビア国王がユーロ国に訪問をした際に王同士の会話の流れが、彼ら二人の運命を大きく変えることになったのだ――   

「昔々或る所に、ジンにより一生目を覚まさない呪いを受けた娘を持つ王様がいました」

 カイが商売道具であるハーブを弾きながら、物語を詠う。

 羅愛はカイの本業である吟遊を初めて聞くため、酒を飲むのを止めてカイの歌に耳を傾けた。

 いつもは不真面目で解と一緒にフザケ歩いているヤツだが、いざ本業の吟遊を歌うカイの表情は真面目そのものだ。  

「愛娘が目を覚まさない状態なので、王様は毎日毎日嘆き悲しみ暮らしてます」

   ハーブの悲しいメロディーが部屋を包む。  

「そこで、見兼ねた隣国の王がこんな提案をしてきました」

 ハーブの悲しいメロディーは一変して、軽快なメロディーへと変わる。

 そのメロディーに合わせて、カイは一人二役の台詞劇を披露する。

「『あらゆる方法で姫の呪いを解こうとした。だが、全部失敗に終わってしまった』

 と、王様は諦め悲嘆にくれてます。

『アラビア王。貴方はあらゆる方法と言ったが、西洋に伝わる方法は試しましたか?』

 隣国のユーロ国王が言いました。

『西洋に伝わる方法?』

『そう、西洋の古典物語にその方法が書いてあります。それによると、眠る姫は王子様のキスで目が

覚めるそうですよ。その方法はもう試しました?』

 その提案に、アラビア国王が顔が赤くなったり青くなったりしています。

『なんと、不埒な!』

 王様は怒りました。無理もありません、可愛い娘の貞操を考えると普通の反応です。

『私に怒っても困りますよ。私が考えた方法ではなく、古典物語の“眠りの森の姫”に書いてあった方法なのですから。

試さないよりは試してみましょう』

とユーロ国王は提案を強行しました」

 一人二役の台詞劇を終わらせ、カイは間を置くために息を吸う。

 曲が静かなメロディーになり、次第に音が弱くなり消えつつある中静かに彼は歌う。

「このような密談があり、アラビア国の姫を救うため小さくか弱い男の子二名が旅にでたとさ。

その旅先に幾多の困難と障害が二人を襲いましたが、負けずに乗り越えてきた二人はお姫様を無事に助ける

ことができましたとさ。お終いお終い〜」





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