男の子を助け起す。膝を擦りむいているせいで痛いのか、男の子は立ち上がるのに億劫そうにしている。

「嘘だろう?」

 気づけば、二人は大きな影の下にいた。

 羅愛の額から冷や汗が一筋流れ出て、腰に下げている刀に手を触れて振り返る。

「っち、こんなところでぺしゃんこになってたまるか!」

 斬るか? しかし、この象の持ち主はかなり位がある人物。

後で、国際問題になるのは面倒だ。そう迷っている間にも、象の足はこちらに迫ってくる。

その間は短いはずなのに、何故か長く感じる。

「おいおい、人の乗り物を斬らないでくれよぉ〜」

聞いたことがある声で、はっと我に返る。すると、目の前に紺色の髪の毛を緩く束ねた旅芸人風の男が立っていた。

「お前は―」

 男は右手で像の足を支えて、羅愛と男の子を押しつぶされないようにしている。

空いたもう一方の左手で手を上げて、のんびりとした声で羅愛に挨拶をする。

「よっ、お久〜。元気そうだな、相変わらず刀ばかり振り回してやんのね。

でも、こいつは斬らないでおくれな。ちょっと気が荒いけど、俺の大事な乗り物なんで」

「オレは二度と象には乗りたくないぞ。オレには不向きな乗り物だ」

 羅愛達を助けた男と同じ声が象の上からしたと思ったら、上から誰かが降ってきて地面に綺麗に着地する。

 なんと、羅愛たちを助けた男と同じ顔ではないか!

 違いといえば、衣装と身に着けているものでしかない。

 羅愛たちを助けた男は、旅芸人風の旅でクタクタになった衣装を纏い、商売道具の弦楽器を背負い、

腰には打楽器をぶら下げて、首に道芸師の仮面をさげている。

 一方、今現れた男は、煌びやかで上等な絹で作られた隣国アラビア国の貴族風デザインの服装を着込み、

装飾品を何重にも巻きつけてジャラジャラ音をさせている。

 「「さて、ここで羅愛に問題でぇーす。どっちか解でどっちかカイでしょう?」」

 同じ背格好、同じ顔、同じ声、その二人が横に並び羅愛を見て意地悪い笑みで問う。

「それを聞くのは、もう遅いわ。馬鹿力の旅芸人風が解で、そっちのひ弱そうなのがカイ」

 羅愛はため息をついて質問に答えた。

 この二人は会うたびに、同じ質問をするのだ。

「なーんだ、簡単に見分けられちゃって面白くない〜」

  子供のように頬を膨らませて、解と呼ばれた男はすねる。

「ひ弱って酷くない? オレそんなにひ弱じゃないよ」

 ひ弱と呼ばれたカイが泣くフリをする。

 忙しい二人である。

「まったくお前らときたら、疲れる。なんで、お前らはいちいち登場するときは、衣装をとりかえて出てくるのか?

まるで、古典物語の王子と乞食みたいだぞ」

「「なんか、その言い方誰かに似てきたよね?」」

「話しそらさない! だいたい、先ほどの花火といい象といい、お前達はこの国を騒がせに来たのか?」

「「それもあるかも?」」

 同じ声が見事にハモる。

「おいおい、犠牲者出るところだったのだぞ? この子が象に潰れたら、どう責任を取ったのだ?」  

 羅愛は男の子の怪我を確認すると、転んだときに擦り剥いた膝くらいしか傷がなかった。

 ほっと一安心すると、携帯用の傷薬をポケットから出して塗ってあげる。

「その前にオレが止めていたから大丈夫」

 解が胸を張って答えるものだから、羅愛は解にゲンコツをおみまいした。

「いたーい、何するのさ」

「事実上はね! でも、危ないことするな。お前は力があっても、脳みそが足りん」

 男の子に包帯を巻きながら、二人に説教する。

「貴方が言う資格はありますかね?」

「はっ、空耳!?」

 ここにいないはずの人物の声がして、羅愛は首を捻って不思議そうな顔をした。

「何が空耳ですか、貴方は度胸と機転が利くのに頭が足りないのですよ」

「ユタカ!? いつのまに、こっちに出てきたの?」

 野次馬から抜け出してきて、こちらに近寄ってきた青年を確認した羅愛は驚いた。

 先ほどの無線連絡の後に、すぐさま駆けつけてきたのだろう。

 ユタカはやっぱり心配性だな、と羅愛は心の中で苦笑いをする。

「やっぱり花火は貴方達でしたか、しかも騒ぎをも起こしてくれましたね」

 優雅な足取りで羅愛達に近寄ってきたユタカは、この騒ぎに関わった全員を氷柱のような鋭い眼差しで見渡した。

「アラビア国への招待状には、大祭2日前の明後日に来国するようにと招待したのですが、私の気のせいでしょうか?」

 ユタカの不機嫌そうな態度にも気にせず、解は爽やかな笑顔で言った。





NEXT→