青の不思議屋さん-小説−











「終わりかね?」

「いや、まだまだ!」

「しかし、顔色が悪い、止めなされ」

「何だと―」  

 男がまだ攻撃しかけるのだと悟ったとき、羅愛は盛大なため息をついた。

「短気は損気だな、あの男終わった」

 最後の力を振り絞り、男は大婆に向けて電光石火の如き突きをした。  

「ふむ、その攻撃は悪くはないのぅ」

 とは言いながらも、男を軽く払いのける。

そして、杖を男の足首に素早く引っ掛けて男を転ばせ、杖を男の目先へと突き出す。

「ワシが目の黒いうちは、どんなことがあろうと、市場《スーク》で暴れることは許さん」

 当たり一面、拍手が湧く。  

「誰か、この馬鹿者を取り締まり所へ差し出てくれないかの? 

あー腰が痛いよ、まったく年寄りを大切に扱わんかい! そこの若い自給女、そう、お前さんじゃ。お茶をくれんかの?」

「は?は、はい。ただいま!」

 恐怖に道端の隅の方で疼くまっている自給女に、大婆はお茶を要求した。

「お久し振りです、大婆」

「羅愛かい、そっちの顔色が悪い小僧は誰じゃ?」

 大婆は、珍獣を見る目でラルトを上から下へと観察してきた。  

「アタシの部下のラルト・バードですよ。少々臆病ですが、仕事は人並み以上にできるので信頼しています」

「以後、お見知りを」

 奇妙な視線にラルトは背筋が痒かったが、何とか耐えながら爽やかな笑顔を浮かべて握手を求める。

 大婆は、ラルトに握手を返す。その握力ときたら、手の骨を砕けさせる程の握力で、

ラルトの笑顔は苦痛のために歪んでしまった。 

「最近の男は、外見は弱っちいねぇ〜。ユタカもそうだが、どうしてそうなんだい?」  

 化け物並みの力を持っている人の主観から、物事を判断してもらっては困る。

なんせ、自分は普通の人間なんだから! とラルトは心の中で叫んだ。

 言葉にしなかったのは、この婆さんの前で反抗すれば何が仕返しされそうな予感がしたからだ。

「奴は外見は弱いですが、見た目に反して強いですからね」

「あんな何でもできる男は、長生きしないよ! ところで、一緒にお茶でもどうだい? 

羅愛が市場《スーク》に現れたということは、何かワシに聞きたいことでもあるってことだね?」

「大婆は、話が早くて助かります」

 先ほどの事件が起こった飲食店に入れば、自給女がお茶を入れて待っていた。

「この二人にも、お茶を入れてやってくれないかの? それと、何か軽く食べれる物を」

「かしこまりました」

 姿勢正しく一礼をすると、お茶と食べ物を用意するために自給女は店の奥へと行く。  

「さて、この辺に適当に座って座って」

 自分の店みたいなでかい顔をして、座る場所を指定してきた。

 事件のこともあり、店はラルト達以外誰もいない。

外の市場《スーク》の喧騒とは正反対の静けさに、まるで異世界へと誘われたような感覚に陥る。

「今日は、なんだい?」

 音を立ててお茶を啜る大婆に、羅愛は質問をしかけた。

「今日の怪しい輩は、あの暴れていた奴だけですか?」

「そうだよ。でも、アタシの目につかない場所で、何かやっている輩はいるかもしれないけどねぇ。

なかなか、理想通りにいかないもんさ。小競り合いは多いし、先ほどの若者みたいに酔って暴れる事件も多い」

「人が集まる場所ですからね」

「そうさ、いかに規則が大切か! ワシはね、この市場《スーク》が好きだから、

他の地域みたいに無法地帯のような市場《スーク》にしたくないさ。他の地域は、税金を高くする代わりに好き勝手さ」

「頭の痛いことです。ですが、それも後数日の我慢。大祭後は、必ずや王に直訴して世の中を良くしてまいります」

「羅愛、あんたみたいな子がいるから、世の中捨てたもんじゃない」

「アタシにお任せください〜」

 胸を張って、誇らしげに言う羅愛をラルトは横目で見た。

 この人、絶対に調子に乗っているな……、普段はお騒がせな人なくせに。

「ところで、城への物資担当店はいつも通りで?」

 城に必要な食料を中心とした物資は、この市場《スーク》に取り寄せている。

 毎日平等に担当を受け持つ店は変わる。

「物資に何かあったかい? 今日の担当はワシが信頼を寄せている店だがね?」

「そうですか」

 自分の推理が外れてしおれている羅愛に、ラルトは自分の考えを耳打ちした。

「もしかして、輸送班に怪しい人物がいたのでは?」

「成る程」

 輸送班は中央に送られた新人兵が最初に行う仕事の一つで、下っ端が下積みとしてやる。

ようは、雑用係りみたいなものだ。顔を知らない者が紛れ込んでも、到底違和感はない。





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