青の不思議屋さん-小説−











「おい、女! これ、どうするんだよ」

 筋肉質な中年の酔っ払った男が、店の自給女を怒鳴っている。

「申し訳ございません、お客様……」

 可愛そうに、年端もいかない自給女は脅えた面持ちで、震えた声を上げることが精一杯だ。

「客の服に飯食わすやすがいるか? それとも、ここはこういう店か?」

 男の怒りは収まらず、なお上昇しているようだ。

 近くのビール瓶を手に持つと、それを自給女に投げつけた。

「ひゃっ……」

 投げつけたビール瓶は、自給女の近くにある椅子に当たって砕け散る。

 一部始終を見終えて、羅愛はその現場へ乗り込んで行った。

「あーぁ、ビール勿体無い……」

「あぁ!? お前は関係ねーだろ!」

「あら、関係ないってなーに?」

ラルトは凍りついた。

 羅愛の表情が、満面な笑みを浮かべているが目が笑っていなかったためだ。  

「お前は無関係な人間だろーが! 俺が用があんのはそこの女だ!」

「そこの女とはどこの女なのかしら? そもそも、人には名前があるのであって、

女という名称の人間などいるわけがながろうがっ!!」

 羅愛の爆発的な発言と共に、鉄拳が男の鳩尾にストレートに入った。

「くっ……このアマ! ふざけやがって」

「アマとは、どこのどいつのことを言っている? 

アタシはちゃんとした名前と役職があるぞ。

名は羅愛・イシュナータ、役職は軍師長だ。何か文句でもあるか!」

 周囲の人々は胸を張って名乗る羅愛の名と役職を聞いて、

急いで逃げ出すもの、遠ざかるもの、脅え命乞いをするものまで現れた。

「あれ……? え、ちょ、何でそういう態度を取られるわけ?」

「お言葉ながら、羅愛軍師長は1000人斬りという伝説が伝わってますから、恐れられているものだと思います」

「1000人じゃないわよ、100人斬りだってば。

しかも、盗賊退治で一人で100人斬ったという、誰でも出来そうなことを伝説だっていうの?」

「誰でもできそうだって…」

 一度に100人という人数も、大変な人数である。

それを、一人で一気に片付けて行ったということであるから、人間業ではない。超人した能力の持ち主の成す業である。

「何事じゃ!」

 人たかりが、一斉にとある人物のために道を開ける。

 その道からゆっくりと出てきたのは、ぐじゃぐじゃになった服みたいな皺だらけの小柄の婆ちゃんだが、

直角に曲がった腰に手を当てて、腰を庇うように歩く。

その姿を見るだけでは、棺おけに両足突っ込んだ婆ちゃんで、とても頼りなく見えた。

「大婆! アタシに任せてくれれば、すぐ片付きますよ」

「ふん、小娘だけでは任せておけぬ」

 大婆と呼ばれた婆ちゃんは、よぼつく足取りで問題を起こした男に近づく。  

「羅愛軍師長、いいんですか!? 危ないですよ!」

「大婆の実力を甘く見ちゃ駄目だ」

 ラルトは、まだ何か言いたかったが、羅愛に手を横にして無言の制止を命令される。

「ババアなんだよ、ババアが出る幕じゃねーんだよ」

「なんだい? その態度と口利き方は? 両足を棺おけに突っ込んだ、年配の女性に対しての発言がそれかね?」

「くだくだ、うるせーんだよ!」  

 大婆の挑発的態度に男はついに怒りを爆発させ、拳を大きく振り下ろした。

 その瞬間を、誰もが息を呑んで見守っていた。

 ある者は最悪の予想を、またある者は―

「おっと、こんな所にお金が落ちていたよ」

 大婆が、難なくかわす予想をだ。

 身体が不自由なわりには、しゃがむ動作がスムーズだ。そのために、男の拳は宙を切ったのである。

「ラッキーじゃ、お金拾ってしまったわい」

「ババア……」

「なんじゃい? お前さんは何を踊っているのかい?」

「踊ってなど、いねーよ!」

 男は完全に戦闘態勢に入り、武術の構えになると大婆に向かって突進した。  

「最近の若者は、へっぴり腰な奴が多いのう」

 足が悪いために危ない足取りだが、男の攻撃をヨボヨボしながらかわしている。

「大婆、さすがだな〜。アタシも歳取ったら、大婆みたいなお婆さんになりたいわ」

 大婆の余裕なかわし技に、羅愛はため息をついて呟いた。

 ラルトはオロオロし始めた。

 老人が事件に巻き込まれ、男に一方的に攻められているのだ。

良心的な心の持ち主であるならば、この場面は助けに入らなければならないのでは? 

「ほぉほぉほぉほぉ、まだまだじゃ」

「く、ちょこまかと―」

 男が疲れの色を見せる。

 それもそうだろう、力の殆どを当たるわけも無い攻撃に費やしているため、今では大婆との体力さは歴然だ。





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