城の奥の奥。薄暗い地下の中で、囚われの天使は天窓から降り注ぐ月光に当り、

全世界に向けて祈りをささげていた。

「あぁ……神よ。忌まわしい災いから大祭をお守りください」

「よく、言いますよね。貴方、レジスタンスの一員のくせに」

 後ろから声がした。

 だが、天使のような女は祈りの姿勢を崩さずに、後ろの人物へ回答をした。

「貴方達レジスタンスだって、本来大祭を大きく混乱させたくないはず。大祭は、この国での

神聖なる儀式です。その儀式をつつがなく終えなければ、この国が今後大混乱に陥ります……」

「それもそうなんですけどね。我々一般市民の目線から動いている団体としては、

本当は大祭に混乱なんてもたらしたくはないですけどね。大祭の前に大掃除をしてほしい限りですよね」

「そう、大掃除―」

 長い長い祈りを終えて、決意した表情で彼女は立ち上がる。

 優雅な動作で後ろの人物を見ようと一回転する。

「貴方、よく怪しまれませんね」

「怪しまれるか怪しまれないかギリギリの階級ですけど」

 相手は真面目そうな好青年で、

まだ城勤めの兵士になったばかりの初々しさが残っているが、それは童顔だからに他ならない。

「貴方、羅愛としょっちゅう仕事しているのでしょう?よく、レジスタンスだって怪しまれませんね。

それとも、あの子が鈍いだけなのかしら?」

「あの人、よくわからない人ですよね。勤務中不真面目かと思いきや、

いきなり真面目になったり、一人で飛び出て行ったり、でも部下には優しいですよ」

「もしかして、羅愛のこと惚れています?」

 重圧感を含んだ沈黙が辺りを包み、どこから漏れているのかがわからない水が滴る音しか響き渡らない時間が暫く続いた。

「まっさか〜」

「そうですよね、あの野生児娘のどこかいいのかしら?」

 十分すぎる沈黙後、お互いに笑いあう。

「それに、羅愛軍師長にはユタカ宰相がいるではないですか?」

「まさか、そんな下世話な噂が流れているのかしら?」

「下世話って……、僕が想像していることですけどね。

あの二人、妙に親密ですし、ユタカ宰相がやたらと過保護というかなんというか」

「あら、そうなの?ユタカ君らしくないわね」

「貴方はあの二人のことにお詳しいですが、どうしてそこまで詳しいのですか?」

 些細な相手の質問だった。

 だが、相手からその質問をされるとは思っても見なかったという表情で、目を大きく開ける。

「まぁ、貴方私の正体知りませんですの?」

「正体?」

 女は妖艶に微笑む。

「かつては、私もあの二人同様に伝説の子らでしたから」

 今度は相手が目を大きく開ける番だった。

「3人目は慈悲深きモノ―」

 掠れた声で相手がそう呟いた。

「あぁ、今流行の童歌。これ、誰が作って広めたのでしょうね」

 彼女は含み笑いをして、天窓から遠い空を見た。

 その姿はまるで囚われた鳥みたいだが、彼女は別に囚われたとは思ってないし、ここが不自由だとも思ってもない。

 ただ、最終目的がこの城という場所だったため、好都合である。   

「伝説くらいで驚いていては駄目よ、これからもっと凄いことが起こりますからね」

 奇跡を予言するかの言い、相手の先ほどの言動を咎める。

 また、遠くを見ながら、彼女はまた何かを察知したように予言めいた言葉を言う。

「そういえば、あの二人はそろそろ来るといいますが、あの方達なら一日早く到着しそうですね。せっかちなのですから」

 これ以上何も言わなくなり、また後ろの壁をじっと見つめて祈る姿をとる。

 そうして、ここ一帯では珍しい宗教の聖句を唱えながら、考え事に没頭している。

 まるで、山の奥底に引きこもった隠者のようだ。

 もう面会は終わったと無言で告げられた相手は、彼女を眺めてそう思った。





 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇





 広い広い砂漠の海をかき分けるように進めば、突如立派な防壁に差し掛かる。

 突然現れすぎて、蜃気楼かと思うほどに―

 ポロンポロンッ

 と寂しげで頼りない音のリュートが音色を奏でて、その演奏者が童話を謡った。

―王はだれだ?だーれーだ?

 1人目は、国一番の剣使い

 2人目は、国一番の知恵を持ち

 3人目は、国一番の慈悲深き者

 4人目は、国一番の力持ち

 5人目は、国一番の残虐人―

 童話が子守唄のように流れていき、砂漠の夜の冷えた空気に溶け込んでいく。

「カイ」

「何だ?王よ」

 ジャラジャラと貴金属の装飾品を丁寧に身に付けた男が、旅芸人風の男に尋ねた。

「自分を残虐人と呼んで楽しいか?」

「楽しいっていうよりも、本当だからさ」

 何を今更っと鼻で笑って、自分と同じ顔した男に答えてやる。

「ま、それもそうだがな」

 二人は砂山を歩いて、あと数分で着くであろう自分達の故郷を眺めた。

「「久し振りだな」」

 故郷を懐かしむ声が、絶妙なるタイミングで重なり調和した。  

「王よ、どうする?」

「そうだなー、とりあえず盛り上げて行くか!大祭前にアラビア国式祝いで連中を驚かせてやろう」

「そうだな、きっと連中驚くぞ」

「だろうな」

 二人はお互い見つめ合って、うなづく。

 そして、笑いあった。





NEXT→