リャン・リ・アルバートは、今にも崩れそうな宿屋の部屋で旅の疲れを取っていた。

 何十年もなるか、木製の床や天井、壁は染みだらけの隙間だらけ、鼠が出ても不思議ではない不衛生なところは、

外の風が室内に入ってきて少し寒い。

 別に贅沢を思っているわけではないが、夜に幽霊が出そうな雰囲気が漂う宿は、お客に失礼ではないだろうか?

 リャンの故郷では、ボロボロの宿は縁起など来ないし、客に失礼だということで、まずあり得ない。

 故郷とは、この国から北東の方に位置する国―中華人民共和国だ。

 東の地域では、戦後唯一再生復興を奇跡的に成し遂げた国である。  





 ボォォォォ――ン、ボォォォォ―ン





 廊下の古びた柱時計が、低い古びた音で深夜12時を知らせる。

 しかし、何度も自分の懐中時計で確認すると5分ズレていて、

廊下の古びた柱時計の方が早いことを何回も確かめた結果知っている。  

「そろそろ、行くか」

 リャンはこの宿の1階で、人と待ち合わせしている。

確か、時間は深夜12時で、リャンは丁度5分前であることを、自分の懐中時計でも正確に確認すると、部屋から出て行く。  





 ミシミシッ…





 半分腐っているような床を、床を踏み抜かないように慎重に歩く。

 そんな繊細過ぎる床が続く廊下を曲がり、その曲がった廊下の奥に、これまた半壊しそうな階段がある。





 ムッシリッミシッ、ボキッ!





「うわ、今の音なんかやばいネ」

 踏み所の悪そうな、今にも踏み抜きそうな音が響き渡り、リャンの額から冷や汗が出る。

 冷や汗が出そうな場面に遭遇したことは、両手で数え切れないほどあった。

だが、こういうボロ屋の床や階段を歩く方が、心臓に負担がのしかかる程のスリルである。

しかも、宿である。壊せば、賠償金問題になりかねない。

「ほっ」

ようやっと、永遠に続くかと思われた階段を下り終えた。

そうすると、階段とフロアが続いていて、そのフロアでは兼酒場にもなっている。

今日一日の労働を終えた男共が、酒を仰いで騒いでいる。

それから、旅の吟遊詩人がこの国の伝承を歌い上げ、近くの人が詩人の言葉に耳を傾ける。

他にも、静かに語り合っている年配の人等など、様々な人がそれぞれ好き勝手に過ごしている。

「リャン・リ・アルバートか?」

 衛生的に悪い薄汚れた木材の円卓テーブルに腰掛けたとき、自分の名前を呼ばれて答えた。

「そうだけど、依頼主でアルカ?」

 声した方へと振り向くと、長いフード付マントを隙間なく着込み、

深くフードを被った奥には仮面で顔を隠している人物が立っている。

 声からして、男だと断定できる人物は、リャンの向かい側に当たり前のように座った。

「慎重すぎるが、目標(ターゲット)は大物ですカ?」

 完璧すぎる程、身元を隠している男はとても怪しかった。リャンの仕事柄、わけあり感と奇妙な人間等、

多くの奇人変人を見てきた。だが、このような完璧に他人に肌さえも見せない、ある意味几帳面なクライアントは珍しい。

「こういう仕事は物事深く突っ込まない方がいい、長生き出来ないからな」

 男から、鋭い視線を向けられたような気がした。

ようなとは、表情が仮面の下に隠れているためにはっきりとわからない、気配で察知できる範囲でしかない。

「それはそれは、失礼したでアル。で、我は何をすればいいのカ?」

 リャンは声を潜めて、怪しげな相手に自己アピールした。

「暗殺全般なら、すぐに終わるネ。それから、特殊な毒も調合ちょちょいのちょいヨ。

もちろん、毒は普通の検査では検出できないネ」

「それは必要ない、ただ我々のアシストをすればいい」

 相手は、小さいが低くハッキリとした声で言う。

 殺しではないというと…。

「この国の混乱の種を巻けばいいのだ」

 混乱、確か昼間会った軍の女性が言っていた“今、この国は王の成人式である”と―

この大切な時期の隙間を狙い、国を混沌と陥らせて政権を転覆させるのは、王が表へと出てくるこの時期が丁度よいのだろう。

 もしかすると、リャンは、この国の歴史的瞬間が間近で見られるかもしれない。

そう思うと、足が武者震いで震えてくるのであった。





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