広々としているこの空間は、この国最高の職人に作らせた一級品の家具が品よく並べられ、

どのような人が訪れても、美しさのあまりため息しか出てこない空間になっている。

 そこは上級官僚の職務室よりもっと特上の部屋になっていて、この国を代表する者だけが使用できるようになっている。

 そんな天に昇るような素晴らしい部屋で、感嘆な声に代わり欠伸をかみ締めながら羅愛は仕事に熱中するフリをしていた。

「聞いていますか?」

 机を挟んで向かい側に立っているユタカが、姑のように説教している。

その説教を羅愛は右から左へと受け流すために、熱心に仕事をしているフリをしているのだ。

「貴方はまだ公表はしていませんが、王なのですよ」

「いや、まだ王じゃないし?5日後?」



 ボォォォーンボォォォーン・・・・・・・



 西国の文化から伝わったデザインが施された大きな時計の鐘が、低い音で重たく鳴り、

日付が変わったのを部屋の主たちに伝える。

「訂正、4日後だね」

「もう4日後しかないのですよ、しっかりと自覚を持ってください」

 羅愛は座っている椅子を回転させ、まだまだ暗い窓の外を見た。

 外の暗闇を見ているうちに、窓ガラスに映っている自分の姿とユタカの姿に目が移る。

二人の姿を無意識に眺めているうちに、意識は5年前に移った。

(もう、5年か―)

 5年前の国民が悲嘆にくれた年。第8代王の崩御が国民全員に伝えられた年であった。



 思い出す、第8代目の病気で弱っていった姿を―

 思い出す、何も出来なかった自分の無力さを―

 思い出す、深い深い奈落の底の悲しみを―



 次期王については、第8代王の2通目の遺言書に従って羅愛になった。

 遺言書は、第8代王は4通書いてあった。それは、次期王の成人までの間が長いために混乱が予想されたため、

時期に応じて必要なことを順追って開封する形を取っている。

 第8代王の崩御後に開封された、1通目の遺言書には王代理という役割を担うのに相応しい人物を公表し、

2通目王代理だけ目にすることが可能な遺言書の内容は次期王についてだった。



―次期第9代目の王は、お前だ。



 飾りっ気もない淡々とした言葉で、ユタカによって告げられた言葉は羅愛にとっては重たかった。

 王は全てを守るが、結局守られるもの。

 その道理が許せなく、羅愛の反発心を強く植えつけるものであった。  



―羅愛、国が無いということは、無秩序になるということだ。

人は国に属してこそ、平和というモノが手に入ることができる。だから、人は国に命を賭けて守らなければならないのだよ。



 師匠の言葉をふっと思い出した。

 今の羅愛は国を宝と思い、総てを国のために身を挺している。

それが王であるからか?否―王ではなくとも、羅愛はこの国と人々を愛している。

その愛国心から、師匠のように命を賭けて国を守り抜こうという志がある。

 それに、第8代目王には恩がある。

 王からの恩は国からの恩。今亡き王に恩を返すのは、国を命賭けで守るということに繋がるのだ。

「貴方に万が一のことがありましたら、誰が賢者の石を守るのですか」  

 次期王が成人になるまで、全ての人々を欺き続け次期王が誰なのか悟られないようにする。

それは単に掟だけの問題ではなく、この国の伝承に様々な場面に登場する“青き石または賢者の石”といわれる、

強力な力を与えてくれる石を守るためでもあった。

 人類が滅亡しかけ戦争、戦争前の時代はテクノロジーが最高潮であった時代。

その時代に作られたとされる、情報機器システムが“賢者の石”である。

何故、“賢者の石”と呼ばれているかというと、この代物に選ばれた人間が蓄えられている

膨大な情報を駆使できることから呼ばれている。

 賢者の如く膨大な知識を持つことができると―

 王は常に国と世界の平和のためだけに、賢者の石を活用しなければならない。

でなければ、あの悲惨な戦争時代へと戻ることになるだろう―

 一通り考えを廻らした後、羅愛はまた椅子を回転させてユタカへと向き合った。

「しかしだな、アタシが急に引きこもりになれば、勘付く輩は多いと思うよ?」

 ユタカの几帳面で氷のような冷たさのような顔が、羅愛を鋭く睨みつける。

「そういう顔しても、駄目なものは駄目なのですー。いい?王候補で疑われているのは誰だと思う?

あ、アタシはもちろん疑われているけど」

「この年に、成人になる人全て」

「そりゃ、そうだわ。まさか、王がこの年に成人するっていう情報を流しているのに、

おじさんといえる程の歳の人間でした〜なんて、笑えちゃうよね。そこで、憶測する人間はこう思う、

この年は“伝説の子供達”が成人する年でもあるってね」

「自分達ですか?」

「知っているか?城下町で、子供に歌われている童歌。ご丁寧に、我ら7人を童歌にしてくれた人間がいるな、

しかも詩が上手い具合に我らの特徴を掴んでいる。いや〜、有名人は辛いねぇ〜。

何も考えずに、変な伝説なんて残すのではなかったよ」  

 これ以上難しい話はごめんだ、と言わんばかりに、後半を茶化して笑った羅愛は背伸びをした。

「結局さ、じっとしていてもしていなくても、次期王候補は我ら7人だって疑っている人間が多いから、

意味がひじょ〜にないと思うんだよね。むしろ、今からアタシが慎重に行動すれば、城の者達が不気味がられるでしょう?」

「確かに…、道端に落ちている物を拾って食べて、食中毒になった挙句に悪い病気に罹ったと思われますね」

「なんじゃい、その酷い予測はっ!アタシは、拾い食いするような人間だと思われているの?さすがに、それはしないけど〜」

「昔3秒ルールと言って、落としたお菓子食べていた人は誰ですかね」

「それは、昔だ!しかも、3秒ルールは拾い食いではないぞ」

「知らない人から見れば、拾い食いですけどね」

「3秒ルール知らないって、ユタカ君くらいじゃないか」

「そんなのはどーでもいいことですが」

「いくはないぞ」

 まだ、反論しようとした羅愛を横目で睨み、黙らせたユタカは自分の意見を述べた。

「第8代目王が崩御なされた後、各地に散った義理兄弟が、この時期に向けて一斉に城へと集まってきます。

この際に、邪魔者を始末しようと裏で動く者も出てきましょう」

 その言葉に、時計の針が規則正しく動いている音しか聞こえない程、静寂が空間を支配した。

「ぷっははははははっ」

 支配した静寂を破ったのは、腹を抱えるほど笑っている羅愛の笑い声だ。  

 笑い死ぬのではないか?という程、ゲラゲラ笑った後、急にピタリっと止んだ。 

「おい、本気で言っているのかね?」

 羅愛の普段の声色よりも低いトーンの声が、室内の空気を裂いた。

「本気で言っているのならば、ユタカはあいつ等の実力を忘れてしまったということになる」

 鋭い声で、先程のユタカの発言を裂く。

「我々はそんな簡単に殺されるように教育されたか?我々は簡単に犬死するような教育をされたか?我々はひ弱なモノだったか?」

 椅子から立ち上がり、机の周辺を迂回してユタカへと詰め寄る。

「ユタカ、過保護な考えもいい加減にしろ。我々、全員を甘く見るな」

「失礼致しました」

 ユタカは床に片膝をつき、ひれ伏す。

「ただ、自分が言いたかったのは、貴方はあまりにも自由奔放すぎます。

命かいくつあっても足りないほど、自分は気が気でないということを、どうか心に留めていてください」

 ユタカが少し目線を上げて自分の主人を見たときには、机の上に行儀悪く座って

シェシャネコの笑みの如くニヤニヤとユタカを眺めている。

「何?それって告白?」

 ぽんっと机の上から床に着地して、ユタカのそばに座って肩をぽんぽんっと叩く。

「なんで、そうなるのですか。私の話、聞いておりました?」

 そうユタカが聞くと、羅愛は真剣な顔してこう答える。

「ユタカ君が心配性のあまりに、禿になりそうな感じの話し?それはそれは、とても恐ろしい」

「ハゲっ、人をからかうのを止めてください!」

「リラックスリラックス、あまり拳に力入れて握りすぎると肩凝るのだよね。

わかっているよ、でもね、アタシが逃げるわけにはいかないじゃない」

 一人だけ安全な場所へ隠れるのは、例え自分自身のことを世間が“影王”と言っていても、

本当にその名前通りに影に隠れていては、国のためにはならないのだ。  





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