羅愛が意気揚々と問題の現場へと向かっている頃、城の広場では、規則正しく整列した兵が所狭しと綺麗に並んでいた。

 その列の前で、行ったり来たりしながら、頭を抱えて嘆いて発狂しそうな青年がいた。

 羅愛の部下の一人、ラルトだ。

「あぁ!もう!何であの人はいつも自分ばかり―」

 あの人とは、もちろん上司の羅愛軍師長のこと。

 軍の最高位に立ち、この国の軍を指揮する人だ。

 各部署の隊長直々の上司であるので、命令を無視するわけにもいかない。

無理難題な命令でも「はい」と言わねばならない関係なのだ。

「お前達は待機だって!」

 先ほど、羅愛軍師長と連絡を取り合っていた道具、無線機をブンブン振り回して列隊に命令内容を伝える。

 その言葉に、ブーイングが来る。

 ラルトの隊は、何故か血の気の多い野郎ばかりである。

戦いたくてウズウズしている、という野郎ばかりでどうしようもない。

 半ば泣きたい。  

 いや、羅愛軍師長がどうのではなく、この血気溢れる団体を纏めるのは少々手にあまる。

ラルトにとって、隊のリーダーになるということが、少し以上に重荷である。

 しかし、ここまで頑張ってこれたのは、羅愛軍師長のおかげだ。

 たまに…いや、頻繁に無茶な命令と突っ走る行動がなければ、羅愛軍師長は部下思いの素敵な女性であるし、

この城ではムードメーカ的存在だ。

 容姿は特別に美人ではないが、平凡以下でもない。

しかし、ラルトは他の女性と比べると、羅愛軍師長の方が素晴らしい女性であると思っている。

 太陽のように輝く笑顔で部下を労い、くりくりと動く空色の瞳が表情を豊かにして、その場を和ませる。

 そうだ、無茶な命令と頻繁な暴走は、どれも心配させるものばかりだが、

部下に気を使って危険な事件を一人で解決しようとしてのことかもしれない。   

「このような列隊を組んで、どこに行くのだ?」

 氷のように冷たい声、声だけでは表情がわからない話し方―

 ここにいるはずもない第三者の声がして、ラルトは声がした方へとギギギギギギッ、

と油を指す前の機械人形のような首の回し方で後ろを見た。

「ゆ、ユタカ宰相!?な、なななな、何でこんなところへ!?」

 首を回した先には、ユタカという青年が不機嫌を露にして立っている。

 色素が薄い、青白い肌と雪のように白く絹糸みたいな長い髪、鋭い氷柱のような瞳。

人間を捨てて無表情な人形になったかのような、温かみのない表情。

 こうした総ての事柄が、ユタカという青年の全体を冷たい印象へと結び付けている。

 先ほど、羅愛軍師長のことを考えて心が温まったが、ユタカの登場に一気に心が冷えた。

 ラルトは、何を考えているかわからない取っ付き難い人物として、ユタカを苦手な部類と位置づけているのだ。

「自分がここに居ては駄目なのか?」

 ラルトの内面を見透かしているかのように、ユタカは言った。

 しまった―

 この人の目的は、たぶん羅愛軍師長であろう。

 この国の王は、成人する日つまり王位を継ぐ日までは一切表舞台には現れてこない。

それ故、前王が崩御して5年、歴史上もっとも表に表れない時期が長い王となってしまった。

 王の代わりには、王代理としてユタカ宰相が就いている。

ユタカは主に内政を担当としており、軍の方は羅愛に担当させている。

 王の代わりに、内政と国政を指揮しているのは、ユタカと羅愛という組み合わせだ。

 そのセット二人組の片割れが一人でいるということは、羅愛軍師長を探しているということだ。

「羅愛知らないか?」

 ほら当たりだ。

 ということは、羅愛軍師長はユタカ宰相に行き先を付けずに、城の外をうろちょろして

いるということか?結果を結びつけたとたん、ラルトは冷や汗がどっと湧き出た。

「あぁぁぁぁ、あの!」  

 ユタカは相手の焦った様子を冷淡に見た。

「何だ?もしかして―」

「あ、あのですね!」  

 ラルトは言葉を続けようとしたが、ユタカが急にラルトの襟首を掴んで揺さぶったために、苦しくて先が言えなくなった。

 そして、鬼気迫る表情でラルトに問う。

「まさか、あいつ城の外とか言わないだろうな!?」   

 まさに、その通りである。

 だが何故そのぐらいで、ラルトは苦しい思いをしないといけないだろうか?

「ユ゛ダカさ、宰相…く、ぐるじぃぃぃぃ」

「あ、すまない」

ラルトはやっと放してもらった。

 すまないとか言って、この人絶対にわざとだろ!!という心の叫びは抑えつつ。でも、文句は言いたい。

 ラルトは身の危険を覚え、数歩ユタカからよろよろしながら下がった。

「で、羅愛はどこに行ったのだ!?」

 ユタカの鷹のような鋭い視線により、ラルトは身の危険をヒシヒシ感じたので、正直に報告することにした。

「暴動が起きそうなので、城の外に出ていた羅愛軍師長が一人で直接行くと―」

「あの、馬鹿何を―」

 報告を聞き終えたユタカは眉を潜めて、ぶつぶつつぶやいた。

「あの…、ここで待機と命令されましたが、応援行ったほうがよろしいですよね?」

「いや、お前達は待機だ」

 告げられたのは、予想にも無い命令だった。

「えぇ!?ちょ、ユタカ宰相!一人だけじゃ危険ですよ!?

最近大祭が近づくにつれて、治安が尚更悪化しているって報告したばかりじゃないですか?

あんなの一人じゃ太刀打ちできないっすよ」

「お前達、羅愛の実力甘くみてないか?」

「は?」

 実力はわかっている。

 そりゃ、なんでも女上司だからといって、非力だとは思っていない。  

「何か策があれば、別ですけど!あの人だから、正面から突っ込むに決まってます!」

「そうだな、まず一人で突っ込むだろうな。だが、突っ込むだけ取り柄じゃないし、

あいつが本気になったら、100人相手だろうが倒せる実力だ」

 そのユタカの言葉に、ラルトはぴたっと静止した。

 あの噂は本当だったのか。

 伝説の100人斬りの話は―

「確かに…」

 国中で広がっている、とある噂の一つ。

 あるところに、砂漠の国々の近辺を荒らしまわっている盗賊がいた。

その盗賊は、次第に勢力が大きくなり100人になる。事態を重くみたユーロ国は、

とある剣の達人を盗賊討伐に向かわせた。それが、まだ10代越えたばかりの羅愛軍師長である。

(行っても、足でまといになるだけだろう)

 噂を思い返して、ラルトは身震いした。 

 こんな仕事についていても、ラルトは実は隠れ臆病だったりもするのだ。

「ということで、お前達はここで待機だ。私が様子を見に行ってくる」

 と言い放って、ずかずかと歩いてしまう。

「え、ユタカ宰相、行かれるのですか?」

 その言葉に振り返り、ユタカは無表情に怪訝な表情を薄く浮かべた。

「もちろんだ。万が一、あいつに死なれては困る」

 はぁ―と、ラルトは息を吐いた。

 もう一つの噂も本当だったのか?羅愛軍師長とユタカ宰相は―

「途方も無く忙しい中、あり得ないだろうが万が一、大怪我した想像をするがいい。

誰か羅愛の代わりに仕事をする?自分か?」

 ユタカの鋭い瞳がさらに鋭くなり、ラルトを横目で見た。

 決してラルトが今考えたことを読んだわけではないと思うが、否定したような瞳がとても怖い。

「ということで、他にも仕事があるだろう?」

「は、はい!ユタカ宰相お気をつけて!」

 ラルトは敬礼し、黙々と歩き去る上司を見送った。

 これから忙しくなる予感がする―事態が収まったら片付けに来い!

という命令が入りそうだから。あの人は、片付けをすることが嫌いらしい。






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