遠くから童歌が聞こえてくる。



―王はだれだ?だーれーだ?

 1人目は、国一番の剣使い

 2人目は、国一番の知恵を持ち

 3人目は、国一番の慈悲深き者―





 童歌が子守唄へと移り、羅愛を眠りを誘う。

「仕事が多忙すぎて寝る時間を惜しんでいるのに、

眠りを誘う歌を歌って遊んでいる悪い子供はどいつ?悪い子供はどこだぁ―!!」

 遠くの方で、童歌を歌いながら遊んでいた子ども達を凄い形相で睨む。

それに気づいた子ども達は「鬼が出た!!」と、口々に叫んで逃げていった。

「鬼とは何!?鬼とは!?失礼ね、まったく」

 一つ欠伸をしながら、羅愛は呟いた。

「あー、忙しい」

「そこの軍の人、ちょっと道をお尋ねしたいのでアルが」

 足首までとどく薄茶色の薄汚れた、外衣を着た旅人が道を尋ねてきた。

羅愛は急遽背筋を伸ばして、普段はしない素敵な笑顔を作って旅人を見た。

  「どこまででしょうか?」

 フードを深く被っているため顔はわからない。声は男性であるが、

小柄で肌が黄色で、ちらっとフードの中から見える髪の毛が黒。それから、羅愛は彼が東洋系の人物であると推理をした。

(珍しい)

 この国の人種の比率だが、人種のるつぼと呼ばれているのだが、

東洋系は比率は低いというデーターがある。彼らは彼らの国があり、自分達の国で暮らす東洋人が多いのだ。

「コットン食堂という場所をご存知ないでアルカ?」

 このイントネーションは、どう聞いても東洋人のイントネーションだ。

「あぁ、それなら近くなのでご案内しますよ」

「悪いでアル、忙しいと先ほど口に出していたじゃないですカ?軽く口で言ってもらえればわっかりマスヨ〜」

「いやいや、この辺道が入り組んでいますから迷子になられる可能性もありますし、ついでに

パトロールが出来ます。是非案内させてください」

 営業スマイルと言わんばかりの輝かしい笑顔で、旅人に申し出る。

旅人はすまなさそうに「お願いしますでアルヨ」と言い、羅愛の道案内を受け入れた。

「この国は忙しそうでアルが、何かありマスカ?」

「今大祭5日前のために、国民の皆様は準備をしているのですよ」

「大祭?」

「えぇ、毎年この時期は、王の誕生日を祝って祭りを行います。

今年は王が成人し、玉座を無事に得る年でもあります。大祭の時には国民の皆様は必ず、

自分の家のベランダに、国花であります“鬼百合”の花をプランターに植えて飾ります。花言葉はご存知ですか?」

 羅愛は、石と日干し煉瓦で造られた建物のベランダに、植えてある鬼百合を愛おしく見つめながら、

観光客だと予測する旅人に観光話を披露し、退屈にならないようにと配慮して相手に質問する。

「知ってるでアルヨ、この国に相応しい花言葉であるネ“賢者”という」

「えぇ、賢者―この言葉は、代々我が国が大切にしている秘宝“賢者の石”を表します。

賢者の石は、青く輝く知恵のダイヤとして書物に書かれております。王は賢者の石から得る情報によって、

国民を善し道へ導くというのが代々伝わってきている伝承です」

「今や、世界中に知れ渡っている有名な伝承であるヨ」

「そうですね。今この世界に住んでいる人ならば、誰でも知っている物語になりました。

人類が犯した3回目の大きな戦争により、生き物が住めなくなった土地。

その土地を、この国の初代王が賢者の石の力を借りて生き物が住める土地にした。

初代王は全世界の英雄であり、恩人でもある。その子孫がいるこの国は尊き国として、

今だ他国の人間に崇められているくらいなんですから」

 世界は一度滅びかけた。通称第3次世界大戦という戦争によって―

 戦争前までは豊かだった世界が、戦争後は人類文明が低下の一途を辿り、

人間が―否、生き物がいつ滅んでもおかしくない世界になれ果てて行った。

 そんな中、戦争前時代、テクノロジーが最高潮だった時代の知識を持った人間が現れた。

その人間は、罪滅ぼしの旅に出て、生き物が住める土地と知恵を人間に与えたという。

そして、次第に“賢者様”と崇められるようになった。

 そのうち、神を崇めるように賢者を崇め狂信に至った人間が、各地で賢者を奪い合う事態にまで発展しする。

 嘆き悲しんだ賢者は、人間に失望して誰もいない砂漠の土地で、数人の気の許した友人達と暮らすことになる。

 この土地が賢者が最終的に落ち着いた所であり、ここの国民が賢者の子孫とも噂で囁かれている。

「他国には困った方達がいらっしゃって、賢者の石を狙う輩が後を絶たないとか」

「賢者の石は本当にあるのでアルカ?」

「まぁ、旅人様もそのようなことを気にしてらして?物語の賢者の石とは、

皆様の希望の光という例えですよ。初代王は皆様に希望を恵んでおられただけ、

その希望がやがて蕾となり実となり形となって結果が現れた、例えでございます。

賢者の石はないですが、代々王はそれはそれは賢い王達でございました」

「王と言えば、今の王は噂では“影王”と呼ばれているとか」

「影王、えぇ、呼ばれてますよ」

「それは、どういう意味であるカ?」

「王は成人の日を向かえなければ、王座には座ることができません。

しかも、公的な場にも出ることができず、5年間誰も見たことがないので“影王”と呼ばれているのですよ」

 他にも様々な理由から呼ばれていたが、他国の住人である旅人の耳に入るのは平凡な説でよい。

悪い説など唱えたら、よそ様にどんな評判を言われようか。

「あぁ、ここがコットン食堂です」

 この国の話を観光向けに解説しながら、入り組んだ道を歩きながらするうちに

あっという間に消え入りそうな文字で“コットン食堂”と書かれたボロボロの看板を見つけた。

留め具が壊れかけているのか、ドアは変に傾いてぴたりっと閉まっていない。なんとも寂れた食堂なのだろうか。

「やっとついたでアルヨ」

「では、アタシはこの辺で」

 営業スマイルと営業口調は次第に頭痛を起こし、頭が混乱してくる。

 普段しないことは、しない方がよいという言葉がある。まさに、そのことだ!

 羅愛は心の中で「もう、限界だ!」と叫びながら、旅人に一礼する。

「軍人さん、ありがとうデアル」

「いいえ、職務ですから」

 また一礼すると、旅人と別れた。

 後ろを振り返り旅人の様子を確認すると、颯爽と建物の中に入ったのか旅人の姿は忽然と消えていなくなっている。

「大祭もわからないで今頃くる旅人って、観光目当てだったのかな?」

 そういえば、旅人の目的を聞くのを忘れていた。

 観光者だと思っていたが、今よく考えると気のせいか違和感を感じる。

「まぁ、いいや。考えるのは、メンドクサイな」

 と呟いたとき、胸ポケットから機械特有の雑音が鳴り響き、『羅愛軍師長!応答お願いします!!』と声が聞こえた。

 胸ポケットから喋る小型機械を取り出して、数回振ると口元に当てる。

「羅愛だけど、どうした?」

 そう答えて耳元に当てる。  

  『大変です、D-19地区にて暴動の恐れあり』

 機械の向こうの人物が焦っている気配がする。その人物とは、羅愛の頼れる部下の一人だ。

「またメンドクサイね、元気のいいことで。でも違うことにエネルギー使えばいいのに」

 そうため息交じりに言って、羅愛はよいしょっと背伸びした。

「あたしが行くわ、皆待機してなさい」

『えぇー!?羅愛軍師長が行くのですかぁ!?はっきり言いますが、貴方はパトロールも

暴動押さえにも行かなくてもいい身分ですよ!!我々に指揮する身分ですよね!?』

「あーごじゃごじゃ煩いぃー!いいじゃない、アタシ動かないとブタになるぅぅ」

『違いますから』

 くそ、真面目で融通の利かない部下だな。

 しかし、この魔法の一言で大抵の部下なら引き下がる。

「命令だから、よろしくー」

 そう、この魔法の言葉で会話を締めくくれば、大抵の部下は真っ青な顔をしてもそれでお終いなのだ。

 極まれに、1名はその言葉が効かない部下がいるが…。





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