砂漠の国ユーロ王国には珍しく、雨が激しく国を襲うように降っているために空が暗い。

 今の羅愛の心境と同じで、羅愛は目に溢れてくる水を下に流すまいと天井を見つる。

水が下に流れてしまったら、堤防に水が溢れるように気持ちが溢れそうになるから。  

「ごほっかほっ、羅愛さん後は―」

 上等な絹布で拵えた羽布団の中に、年齢の割に肉が付いてなくゲッソリとした男性が、

枯れ枝のような腕を羅愛へ差し伸べてきた。

 微量な力でも折れてしまいそうな腕、羅愛は繊細な硝子細工を扱うように、そっとその手を羅愛の手で包みこんだ。

「大丈夫です、後はお任せください。命を賭けても、大祭まで国を維持してきます」

 羅愛は精一杯の笑みを意図的に作り、壊れてしまいそうな男性を安心させようとした。

 ベッドの主は、安心した表情よりも悲しげな表情を浮かべる。

「す…まない…、君に、げふがほっげほっ」

「無理しないでください。アタシなら大丈夫、だって最初からこのために生きているのですもの」

「そんなこと…言わないでくださぃ…。君は、無事にこの任務を終えたら、

ごほっ、幸せに…げふごほっ、なってください。決して、早まった考え方をしないでください」

「王?」  

 話すたびに空気が器官に入って苦しそうだが、男性は話すのを止めない。

「無理しないで―」

「いえ…、これは最後の、げふごほっ、お願いです。

貴方の…師匠みたいな、げほっ、考え方をしてはいけません。特に、命については― げほっがふっげほっ」

 そう話終えた後、凄まじい発作に見舞われる。

「誰か!医者を―!!」

「発作が来たか?」

 芸術品の総集りのような、または芸術品の倉庫のような煌びやかな部屋。

その部屋に相応しい、優雅な線で繊細な模様を描かれ綺麗な色彩で彩られた扉から、

美少年だが冷たい印象と右目の眼帯が印象強い10代半ばの少年が現れた。

「ユタカ、王が―」

「お前は、この部屋から出て待っていろ」

 羅愛の両手の中には、力なくぐったりした手が小さな脈を打っていた。  

「ら、羅愛さん…ゆ、ユタカと話したいから…、暫く外に―げふっごふっ」

「王!!」

 苦しそうに布団の上で蹲る男を、片時も離れないと言わんばかりに男の背筋を一生懸命さすっている羅愛に、ユタカが止めさせる。

「羅愛、あとは俺に任せてくれないか?」

「ユタカ…?」

 不思議そうにユタカを見つめる羅愛に、ユタカによって抱き起こされてそのまま廊下に下ろされた。

「ちょ、ユタカ!アタシだって、まだ王のそばにいたい」

「我侭言うな、王は俺に用があるって言っているのだ。それに、お前のその切なそうな表情は王に負担を与える」

 自分がそんな表情をしていたのか。今言われると、塞き止めていた悲しみが急に溢れかえってきて、頬に水が一滴流れる。

「ほら、これ使え」  

 懐から鬼百合の刺繍が入った白いハンカチをユタカは取り出して、羅愛の頬に流れている一滴の水を拭った。

「暫く、そこにいろよ。王の状態が落ち着いたら、また傍にいさせてやる」  

 だが、その約束は叶えてもらえなかった―

 ユーロ王国の18代目の王は、数分後に崩御した。

 王の崩御は、国民を深い深い悲しみの底に突き落とすことになる。

 愛すべき親が逝った悲しみ、親愛なる友人が逝った悲しみ、愛する恋人が逝った悲しみ―

全ての逝った悲しみを混ぜ合わせても、計れない程の悲しみが国民を襲うのだ。

 次の王が成人し無事に王座を得るまで、この国民の悲しみは続くであろう―  





 

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