宛名のない黒い封筒を開封すると、どきついピンクローズの匂いが鼻につく。

『拝啓、ホスマー君。

 今晩、B級グルメ料理を振舞おう。我が屋敷にて、待つ』

 最低限の内容しか書いてない文章だったが、この宛名のない招待状の主とは付き合いが深いため、

私はこの文章を十分すぎる程理解できた。

 手入れを十分にしておらず半壊寸前の屋敷についたのは、満月が真上に高くに行き着いた時間帯だった。

 呼び鈴を鳴らすと、さび付いた鐘のような音が屋敷中響き渡り、私の来館を知らせる。



   ギィギィギィ――……



 半分腐った屋敷の扉が、不気味すぎる音を響かせて開くと、骨と皮という肉体の小さな老人が私を迎える。

その老人が、私を案内するのだ。

 薄暗闇の廊下をひたすら歩き、客間へと案内へと通された私はソファーに腰を下ろす。

主人を呼んでまいります、と恭しく頭を下げる骨と皮しかない老人は不気味な足取りで出て行った。

 しばらくしても現れず、退屈していた私の肩に突如叩かれて、私は心臓が口から飛び出る思いがした。

右肩を見ると、なんと真っ白な手が私の右肩を掴んでいるではないか! 

まるで、心霊写真の手だけ出している幽霊のようだ。

 私は急いで振り返ると、そこには私を招待したベーカー伯爵が気配なく立っているではないか。

「ようこそ、お越しくださいました。ホスマー君」

「伯爵、驚かさないでくださいよ。死ぬほど驚いたではないですか」

「それはそれは、申し訳ないことをした。私は、人を驚かせることが趣味なんでな。

それよりも、お腹は空かないかね?晩餐会にしようではないか」

 伯爵に案内され、私は広く豪華なシャンデリアに照らされた食堂に行く。

 白いテーブルクロスの上に、伯爵ご自慢のB級グルメが所狭しと並んでいる。

そのテーブルに伯爵と向かい合わせに座った私は、伯爵の今年の避暑旅行の話に耳を傾けた。

「今年は猛暑だったため、避暑地は北極にしたのだ。しかし、その選択は間違いだったな。

温度差が激しいために、帰ってきたら暫く寝込んでしまった」

「災難でしたね、ところで北極ではどういう過ごし方をなされたのです?」

「北極にある食材を求めに行ってきたのですがね、北極の食材を最後に私はA級グルメを食べ飽きてしまいましてね。

料理研究の対象をB級グルメへと移行することに決めましたよ」

「そうですか。しかし、A級グルメを食べあきた方は、世界広しと言え伯爵ぐらいでしょうかね」

「そうかね? それよりも料理を遠慮なく食べたまえ。

私の研究した料理は、B級グルメといえども、どれも絶品だと自負している。きっと、君の口に合うはずだ」

「では、お言葉に甘えて、いただきます」

 私は手前の料理に手をつけてみた



 もぐもぐ、ふんわかふわり、もぐもぐ、ふんわかふわり……



 口の中に広がる、ふんわかふわりとした食感がなんとも言えず快感を覚え、

私のフォークのスピードが次第に増していく。

「お気に召したか? B級グルメの定義とは、贅沢ではなく、安価で日常的に食される庶民的な飲食物のことであるという。

だが私は、食材が安価でその辺で手に入る食材を使い、個性的な料理がB級グルメだと思っている。

町おこしでB級グルメを使い人を呼ぶときに、他と同じような料理を作っていては人はやって来るわけがないからな」



もぐもぐ、ふんわかふわり、もぐもぐ、ふんわかふわり……



 私は、次々と料理を口の中へ運んでいく。まるで、飢えた獣のように……。

「で、重要なのは食材だ。安価に手に入れられるが、しかし人が注目してない食材に目をつけること。

それは、私の性格上の問題からでもあるのだが、ようは誰にも作れない味を作りたかっただけなのだがね」



  もぐもぐ、ふんわかふわり、もぐもぐ、ふんわかふわり……



 私は、最後の一口も残さず食べ、しまいには皿にこびりついているソースも舐めた。

「そうとう、お気に召したようだ。メインディッシュとしようではないかね」

 伯爵はそう言って、手を三度叩く。

 奥から先ほどの骨と皮だけの使用人の老人が出てきて、主人に用件は何かと尋ねる。

「メインディッシュを出したまえ」

「了解いたしました」

 うやうやしく頭を下げ、老人は去って行く。

「そういえば、この料理の素材なのだがね。……いや、メインディッシュが来てからの方がいいか」

 伯爵はもったいぶって、言葉をつぐみ。紅い液体のグラスを手に持つと、それを光に当てて楽しそうに傾けて眺める。

「伯爵様、お客様、メインディッシュでございます」

 使用人の老人は、テーブルの真ん中の空間を片付けてメインディッシュを置くスペースを作ると、

蓋がついた大きな皿を慎重に置いた。

「本日のメインディッシュは、脳内がピンクな乙女の頭の丸焼きでございます」

 は、今なんと言った?

 私は目を丸くして、メインディッシュの皿へと注目した。

 私が注目する中、使用人の老人は、蓋を焦らすようにそっと開けた。

「ひぃっ――!!!」

 なんということか!

 蓋を開け、中から出てきた料理は尋常ではないではないか!

「今日の料理の食材は、脳みそがピンクな乙女を余すことなく使ったB級グルメなのだよ。

脳みそがピンクな乙女は、その辺に沢山いて、手に入れるのが用意でね」

 料理にされた少女の目が私の目と合った。

 地獄の料理とも言える最悪な料理を目の前に、とても不気味でこの場から逃げ出したい思いがした。

だが、先ほどの料理の味と食感が私を付きまとい、鎖のようにこの場へと縛り付ける。

「人間は、脳みそがピンクな乙女を食べるとどうなるか、それは麻薬のような効用をもたらすと言われている。

もう君は忘れられないだろ? 虜になっただろう?」

 いけないと思いつつ、僕の右手はフォークを握りしめ、メインディッシュの脳みそがピンクな乙女の顔を刺す。

 食べたくないのに、手が勝手に動く。

 伯爵の盛大に笑う声は、悪魔のようだ。

 遠くで、狼が吠えている。

 今日は満月だ。

 誰か助けてくれ!