錆びれた金属が擦れ合い、甲高いが物寂しい音が響いてきた。
コーディアス神父は、ポケットから煙草の箱を取り出すと、起用に片手で一本取り出して口に咥える。
煙草の箱をポケットにしまうと、今度はマッチ箱を取り出してきて手品師のように片手で火をつけて煙草に火を移す。
「現場付近に子供がいるのか?」
この町に入ったときの印象、人はそこそこいるが活気がないという雰囲気だった。
人口が少ないわけではないが、年々若者が都会へと流れていく。
そんな現象が、田舎町には見られるというが、この町も現れているのだろうか?
子供がその辺に見られないからといって、公園で遊んでいる子供がいないとは限らない。
先ほどの甲高い音は、2本の鎖で吊り下げられた横木の遊具の音。
強い風が吹かぬ限り、遊具は人工的に動くしかない。
ポプラが一定の間隔を開けて植えられている街路樹を、ひたすら歩く先に小さな公園があった。
小さな公園には、定番の遊具であるブランコとシーソ、砂場のごく最小限しかない。
あの音は、この公園からのブランコの音だったのかと納得した。
「ねぇ、神父様」
純粋なボーイソプラノの声がした。
「どこだ?」
左右確認したがいなく、後ろを確認しても声の主がいない。
「ここだよ、ここ。下だって」
声の指示に従って、コーディアス神父は目線を下にやった。
「うわ、いつの間にいたんだ?」
コーディアス神父の前に小さな子供が、気配もなく近寄って見上げていたことに驚く。
「そんなに驚かなくてもいいんじゃない?神父様はどこから来たの?」
「教皇庁からだ」
「嘘だ〜、教皇庁ってお偉いさんの集まりでしょ?神父様みたいな不良いるかな〜、煙草吸っているしさ。
もしかして、マフィアの変装?」
自他共に認める不良っぷりなのは今に始まったことではないが、マフィアの人間の変装であると指摘されたのは初めてだ。
「おい、小僧!どこの誰がマフィアに見えるかわからないが、
人に面と向かって言って良いことと悪いことがあるんだぞ?
それがわからぬと、本物のマフィアに殺されても文句は言えないな」
「え〜、マフィアじゃないの〜」
「俺の話を聞いていたか?」
「ピストル持ってない?秘密兵器とか」
「ピストルは持っているが、護身用だ護身用」
「それで、人を殺すんだね」
「しねーよ」
10代前後の男の子は、どうしても物騒な話が好きだ。そして、何を言っても妄想は払えない。
諦めて、話題を変えることにした。
「この辺に、キューベルトさんのお宅があると思うが、知らないか?」
男の子は指を指して言う。
「それなら、この道を暫く行って、右側に周囲の家より立派な屋敷があるよ。
そこがキューベルトさんのお家だよ。何しに行くの?ま、まさか脅迫?」
コーディアス神父は、子供の後半のセリフに咽た。
「誰が脅迫するか! 俺は神父なんだ」
「じゃ、何しに行くの?」
コーディアス神父は短くなった煙草を、携帯灰皿に火を始末しながら言った。
「神父の仕事は様々だが、俺の担当は悪魔祓いだ。よって、俺はお前を成仏させないといけない」
「なーんだよ、いつわかったんだ?」
最初は今まで通りの可愛らしいボーイソプラノが、
次第に音程が低く歪みねじられ不気味な何重にも重なった不調和音の声へと変化する。
「何もしていないから、見逃してくれないかなっ!」
男の子の手はゴムのように伸びて、コーディアス神父の首に巻きつこうとした。
しかし、コーディアス神父は素早くしゃがみこみ、ゴムの手を避けると懐から小瓶を取り出し中身を撒いた。
「ギャァァァァァ―――」
地獄の底から響いてきたかのような、恐ろしい断末魔が男の子の口から発せられる。
「生憎だが、特別扱いしない方針でな。俺の目の前にいる幽霊は全て、有無言わず祓うんだ」
全身が炎に包まれ小さくなっていき、最終的には薄い紙切れ一枚になった。
「何だ?この紙……」
紙にはミミズのようにうねった文字が並んであり、コーディアス神父には読めそうにもない。
だが一つだけ言えるのは、昔読んだ民俗学の本に、このような文字を書く民族が東の国にいるのは知っていた。
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