大広間はパーティーの余韻がまだ残っていた。 残った料理は放置されているし、グラスには飲みかけの飲み物。それらが、数時間前からあるために半分腐った状態だ。 パーティーが終われば即刻片付けた現場は、今は混乱の渦の中放置状態である。 ――これ、うまいっ! 耳に木霊する幻聴。 ユタカは軽く頭を振り、その幻聴を払う。 幻聴なんて、疲れている証拠である。 幻聴の声主は、ユタカの手に負えないほどのじゃじゃ馬だった。それに何年もつき合わされ、その度にトラブルに巻き込まれる。 症状は、静かなところで養生、ということなのかもしれない。 「早く全てを終わらせて、新時代を築きたいものだ……」 望み。それは、新時代の設立。 腐った世界を一層し、全てを排除し、そして真っ白な世界を築くこと。 そして、引き換えに何もかにも失って来た。 「先代、俺は俺のやり方で行かせてもらう」 暖炉の上の壁に先代の肖像が、ユタカに向けて温かく微笑んでいる。それは、温厚な人柄を表している。 この微笑を見ていると、罪人同然のユタカでさえ許しているような錯覚を覚える。 しかし、現実に先代がいるならば、そのような表情でユタカを見なかっただろう。 「当たり前だ。俺は、先代を全て否定し裏切り、後継者を殺しそこなった男だ」 激痛――眼帯に隠れている右目の底から、神経を焼くような痛みが襲ってきた。 ユタカはその場でうずくまり、痛みによる幻覚に襲われる。 痛みがユタカに見せる幻覚、地獄の業火に焼かれているもの。 右目から炎が広がり、絶世の美と言われる顔を覆って下へとゆっくり燃え広がる妄想。 普通の炎ならば勢いよく燃え広がるだろうが、この炎はユタカを苦しめるために非常にゆっくりなのだ。 「あついっ……」 身体を何度もゆっくり焼く幻覚は、右目を失った後に先代が失われた技術で代わりの目をつけた時から始まった。 普段ならすぐに治まる幻覚は、今回はかなり長い。 「……っな、何故……だ?」 長すぎて気が狂いそうだ。 この炎は罪人を燃やし尽くすまで鎮火しないのか? ――ユタカ、どうしたのだ? 心配そうな誰かの顔が脳裏に浮かび、自嘲する。 これは、罪人を裁く業火なのだ。 『――宰相、応答願います』 幻覚ではない声が聞こえ、ユタカは起き上がった。 『ユタカ宰相、応答願います』 ユタカは身体を軽く叩きながら、今までのは本当に幻覚だったのか確認した。 どこも燃えている場所はない。 もちろん、右目もだ。 『ユタカ宰相?』 ユタカは急いで無線機を出し、応答する。 「こちら、ユタカ。どうした?」 ポーカーフェイスが得意だが、今の幻覚は強烈すぎて、何もなかったかのように装えたかは自身がない。 『羅愛軍師長が現れました!』 「何だって?」 自ら現れることはないと思っていた。 王の勤めは国を守ることではなく、“賢者の石”を守ることなのだからだ。 てっきり、“賢者の石”を持って国外へと逃亡するかと思っていた。 だが、ユタカの予測をはるかに越えて羅愛は行動に出た。 羅愛が予測と違う行動に出るのは、昔からだ。何を今更驚くことがあるか? こっちには、様々な切り札を持っている。 『大変です! 捕虜の中央兵が脱走しました』 『訂正です! 先程羅愛軍師長が現れたといいましたが、偽者でした。 その偽者、城の正門に入ってくるなり暴れてます。うぎゃ――』 『第一大砲、アラビア国の王により大破』 『第二大砲、占拠』 口々に続く、各位置に配置されている反王政派の兵の報告に、ユタカは唖然となった。 『ユ、ユタカ、宰相、指示を――うぎゃっ! やっほ〜、元気?』 指示を仰ぐ兵士の声が、よく知っている女の声へと変わる。 「羅愛っ」 忌々しく女の名を吐き、ユタカは無線機を遠くの壁へぶつけて粉々にした。
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